04

文字数 1,824文字

 *

「……だけどね」
 明星お姉ちゃんのその言葉で、私は顔を上げて彼女を見る。
「答えは、意外と近くにあったんだって気付いたんだ」
「……近くに?」
「そう。多分ね、茉莉ちゃんはそのことにまだ気付いてないだけ。だから大丈夫だよ」
 彼女はニッと笑ってそう言った。でも、私にはその言葉の意味するところが分からない。恐らく私の頭上には疑問符が一つ浮かんでいることだろう。首を傾げながら考えてしまう。
「じゃあ、私の話をしていい?」
「あ、うん。全然いいよ」
「私、昔っから食べることが大好きなのね。知ってると思うけど」
「あぁ、そうだよね。『美味しいものをお腹いっぱい食べることが生きがい』ってよく言ってたもんね」
「そーそー。だから私ね、農業に携わる仕事をしたいんだ」
 私たちから少し離れた場所で、子どもたちが追いかけっこをしているのが見えた。「捕まえたー!」という元気な声。きっと鬼ごっこをやっているのだろう。
「でもそれも、高校当時の先生の言葉がきっかけでね。個別面談の時に『君が好きなことは何だ?』って訊かれたの。だから食べることだって答えたら、その先生が農学部を薦めてくれたの。『普段食べているもののルーツを探るのも面白いんじゃないか』って。
 そうしたらもう……オープンキャンパスに行ったら『これだ!』って思って。すっごい面白いな、これを学びたいなって初めて強く思った」
 懐かしくも楽しそうにそう語る明星お姉ちゃんは眩しくも見えたが、それでも不思議と内容がすんなり入ってきて「遠い人」に感じることはなかった。
「あのね、きっと今の茉莉ちゃんに足りないものは、『きっかけを見つける気持ち』だと思うよ」
「きっかけを見つける、気持ち?」
「うん。きっかけがあれば、それまでに気付かなかったことにも気付くことができる。でも、きっかけなんて待っていてもまず来ない。それだけは自分で見つける必要があるんだよ。私の場合は先生への相談。茉莉ちゃんもきっと、誰かに話したり自分の好きなことをゆっくり見つめ直してみたら、何か分かるかもしれないね」
 少しだけ、夏休み前からずっともやもやしていた気持ちが晴れたような気がした。彼女の意見は正しかった。私は勉強を言い訳にして、宿題を盾にして、友達の誘いを理由にして、自分が本当に何をしたいのかを、自分自身でまともに考えてこなかったんだなと思った。
 今すぐにどうするとかそこまでに考えは至らないものの、話してみてよかったと思っていた。
「うん、ありがとう、明星お姉ちゃん。話聞いてたらちょっとすっきりしたかも」
「あ、ほんと? それならよかったー。茉莉ちゃん、最近私に勉強訊いてくることもなかったじゃん? 久しぶりに頼ってくれて嬉しかったなぁ」
「いやー、明星お姉ちゃん忙しいかなって思ったら気が引けちゃってさ……」
 なんて最初の雰囲気に戻りつつあったタイミングで「アカリちゃーん!」と彼女を呼ぶ声がこちらにぱたぱたと向かってきていた。
「アカリちゃん、そろそろ一緒に遊ぼうよー!」
「はいはーい。あ、この茉莉お姉ちゃんも一緒に遊んでくれるって!」
「えっ?」
 突然の展開に思わず驚いた。すると子どもというのはすぐに順応するので「マツリちゃん遊ぼー!」とすぐに私の手を引っ張ってきた。明星お姉ちゃんも一緒に向かっているものの、横でぽんと私の背中を叩いた。
「マツリちゃん鬼やって!」
「え、私が鬼やっていいの?」
「うん、十秒数えてから追いかけてね!」
 そのやり取りをしていて、ふと思い出した。忙しくなる前はよく、小さい子どもと一緒に遊ぶボランティアに参加していたのだ。その時を思い出して懐かしくなった。
「……はーち、きゅーう、じゅう! 行くよー!」
 さっきの子が言った通り十秒数えて、私は走り出した。そういや、ボランティアの時は多少手加減しながら追いかけたこともあったなぁ。頑張って逃げ回る子たちが可愛かったっけ。
 しかし、歳月の経過というのは非情なもので、私が全力で走っても中々小学生を捕まえるのは難しかった。あの頃は体力が有り余っていたのだなと痛感する。
「ちょ、ちょっと待って! 速くない!? 私疲れた!」
「えー、マツリちゃん頑張ってー!」
 そんな子どもたちの笑う声を追いかけるのに必死だったが、疲れる反面、久しぶりに楽しいと思った。
 ――そういや私、子どもと遊ぶのが好きだからボランティア行ってたんだよな。
 走りながらふと、そのことを思い出した。

 fin.
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