爆弾

文字数 1,226文字

 ここはどこかの国の、ある大地でございます。

 草木(くさき)もろくに()えてはいない。

 花などもってのほかでございます。

 見渡(みわた)すかぎり荒涼(こうりょう)としていて、人の影すらございません。

 生命の息吹(いぶき)を感じない、そんなさみしい場所なのです。

 おや、空から何か、黒いものが――

 黒い(かたまり)がたくさん、その大地へ向け、落っこちてくるではありませんか。

 あらら、これは「爆弾」ですね。

 次から次へと「ドドドン」という大きな音を立てて、着弾(ちゃくだん)するではありませんか。

 なんとも気の()れそうな(ひび)きです。

 たちまち地面は穴だらけ。

 粉々(こなごな)になった鋼鉄(こうてつ)破片(はへん)()らばってしまいました。

 あれれ、何か出てきますよ?

 分裂(ぶんれつ)した爆弾の中から、(こま)かい、やはり黒いものが――

 おやおや、これは「毒虫(どくむし)」の()れではありませんか。

 世にも(みにく)い、おぞましい毒虫たちが、ぞろりぞろりと()()てきます。

 いったい何をしようというのでしょうか?

 ああ、なんと――

 毒虫どもはこともあろうに、この大地にわずかばかりの、いまにも()()てそうな草木を、むさぼりはじめたではありませんか。

 こんな外道(げどう)所業(しょぎょう)が果たしてあるでしょうか?

 息も()()えの者を、まるで足蹴(あしげ)にするような。

 しかし毒虫どもはいっさい()(かい)さず、その()()てた大地を、さらに蹂躙(じゅうりん)しつづけたのでございます。

 あとには(きたな)らしい糞尿(ふんにょう)と、そしてさんざんこの大地をもてあそんで、満足したかのように息絶(いきた)えた毒虫ども自体の、その死骸(しがい)ですっかり、()()くされたのでございます。

 まったく、ひどい仕打(しう)ちがあったものです。

 まるでこの世の終わりのような絵ではありませんか。

 しかし、はれ――

 毒虫たちのおびただしい(むくろ)の山のてっぺんが、なにやらもぞもぞと動いています。

 おや、まあ。

 「()」です。

 とても小さく、たよりないですが、どうやらこれは、植物の芽のように見えます。

 お、おお――

 その芽はたちまちのうちに(ふく)らんで、あれよあれよという()に、それはそれは巨大な一本の木へと、成長したではありませんか。

 そして、ああ――

 「花」です。

 この世のものとはとうてい思えない、雪のように白い、それはそれは美しい花が、その(つぼみ)を開いたのです。

 「桜」――

 そう、この木は桜の木だったのでございます。

 なんという、美しさでしょう。

 その桜はすぐに満開を(まんかい)え、おびただしい花びらを、この荒野(こうや)にまき散らしたのです。

 すると、どうでしょう。

 毒虫どもやその垂れ流した糞尿を苗床(なえどこ)として、桜の「子どもたち」が顔を出したではありませんか。

 「子どもたち」もすぐに成長して、気がつけばついさっきまでの荒れ果てた大地は、世にも美しい、桜の森へと変じたのでございます。

 桜の森はまるで世界を照らし出すように、ずっとずっと、()きほこっていたのです。

 このようなことがあるのでございますね。

 しかしわれわれは、決して忘れてはならないのです。

 美しい桜の足もとには、いつだって醜い毒虫がうごめいている、ということを――
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