毒虫

文字数 893文字

 ある桜の森の中ほどに、一匹(いっぴき)(みにく)毒虫(どくむし)が住んでおりました。

 この毒虫ときたら、甲殻類(こうかくるい)とも軟体(なんたい)ともつかないヘンテコな見てくれに、数えるのも面倒(めんどう)なくらいたくさんの足がついているものですから、鳥も(けもの)も、あるいは同じ虫たちからも(きら)われていて、花だの木だのからも笑われる始末でした。

 毒虫はいつもひとりぼっちで、葉っぱの下や木の(かげ)(かく)れるように、ひっそりと暮らしていたのです。

 ある夜、彼をかわいそうに思った(ふくろう)が、白骨(はっこつ)みたいな(かし)の枝に、ひょいと()まりました。

「毒虫さん、いつもひとりぼっちでさみしいでしょう。ここからもっと森の奥へ行くと、大きな桜の木がある広場へ出ます。そこへ行ってごらんなさい。きれいな花々(はなばな)に、美しい(ちょう)たちが舞い遊んでいる、とても楽しいところですよ」

 この言葉にうれしくなった毒虫は、さっそくその桜の木があるという場所を目指して、()いはじめました。

 梟に言われたとおり、森の奥へ、奥へと。

 途中(とちゅう)躑躅(つつじ)の目玉みたいな花びらからにらまれたり、(たか)につつかれそうになったり、山犬(やまいぬ)()えられたりもしましたが、毒虫はとにかく、その楽しいという場所に行ってみたくて、たくさんある足をせっせと動かして、森の奥へとひたすら、這いつづけました。

 すると突然視界が(ひら)けて、まばゆいばかりの光が差しこむと、そこは確かにあの梟が言った、大きな桜の木が生えている広場だったのです。

 その桜の美しいことといったら。

 辺りを飛びまわっている蝶の群れが、かすんで見えるくらい白い花を()かせて、広場いっぱいに花びらをひらひらと舞わせているのです。

 毒虫はいよいようれしくなって、もっと近くで見たいと、その桜の木のほうへと這い出しました。

 すると桜の木のまわりを飛びまわっていた蝶たちが、急に(さわ)ぎはじめました。

「おい、なんだか、ヘンなのが来たぞ」

「こっちに近寄(ちかよ)るな」

「あっちへ行け」

 こんなふうに、毒虫に向かって(きたな)い言葉を()()したのです。

「帰れ、帰れ、帰れ――」

 毒虫はなんだか(いや)な気分になって、

「ここは僕のいる場所じゃない」

そう思って(まわ)(みぎ)をすると、もといた自分の住みかへと、とぼとぼと這って、帰っていきました。
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