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文字数 3,891文字

 日曜日になった。
 雅彦は朝早く起きて居間に来た。洋介はテレビを見ていた。テレビでは変身ヒーローが甲殻類を模したスーツを着て、殺陣を演じている。
「今日は遊びに行くのか」雅彦は洋介に尋ねた。
 洋介は雅彦を無視して、テレビを見ている。
 雅彦はため息をついてテレビを見た。
 テレビの映像はコマーシャルに変わった。
 洋介はテレビのリモコンを手に取り、チャンネルを変えた。老いた出演者達が討論しているするニュース番組に変わった。
 雅彦は書斎に入り、机にあるメモをまとめたプラスチックのケースとクリアファイルをカバンに突っ込んだ。スケッチブックを入れ終わるとカバンを持って家を出た。
  洋介は、正彦が家を出るのを眺めていた。
 高島達がいた倉庫はシャッターが降りていた。シャッターを軽くたたいたが、反応はない。暫く立っていると、高島達が先週、河川敷で練習をしていたのに気づいて駆け出した。
 河川敷では小学生がコーチの指示でランニングをしていた。
 先週いた場所を眺め、高島達を探した。サッカー場の隣にある東屋の近辺で練習をしているのが見えた。高島の元へ向かった。
 仲間達は軽く殺陣を組んでいた。先週に比べて若干滑らかに動いている。
 高島は雅彦が近づいているのに気づいた。殺陣を止め、雅彦に近づいた。
 雅彦は高島達の元に来ると何度か深呼吸して落ち着き、軽くあいさつをした。「倉庫にいないなら、連絡を入れてくれ」
「すまなかった」高島は素直に謝った。
 正彦は高島の態度に困惑した。
 高島達もあいさつを返し、打ち合わせのために東屋に入った。
 正彦はカバンからクリアファイルとケースを取り出した。
 高島はクリアファイルとプラスチックのケースを開け入っているメモをテーブルに広げた。メモには鉛筆で描いた変身ヒーローのラフイラストが書き込んである。
 秋元も一枚のイラストを手に取って眺めた。
 仲間達は気に入ったデザインのイラストを取り合い、何が良くて何が駄目なのか話し始めた。
 高島はクリアファイルに入っているイラストと先週渡した設定を確認していた。見終えると雅彦の方を向いた。「他はないのか」
 雅彦はテーブルにぶちまけたメモを見つめた。「足りないのか」
「資料は問題ない、デザインがな」高島は苦言を呈した。
 秋元は高島の隣に座り、一枚のメモを突き付けた。「格好いいじゃないか、何が駄目なんだよ」
 高島はうなった。「根本から違うんだ、似ているだけで発展がない」
 雅彦は土手の方に目を向けた。洋介が公園でいた子供達と一緒にいた。顔をしかめて立ち上がった。
 高島はいぶかしげに雅彦を見た。
 雅彦は高島と目が合った。「トイレは」
 高島は野球場を指差した。野球場とサッカー場の間に簡易トイレがある。
 雅彦は駆け足で東屋から出た。
 高島はテーブルに乗っているメモを眺めた。「資料に忠実なのはいいが、コンセプトがあってない」
 秋元は気難しい表情をした。「お前の言い分はわかるが、相手は子供なんだ。哲学があっても受けが悪ければ終わりだ」
 高島はトイレがある方を向いた。雅彦の姿はない。眉をひそめて周辺を見回した。
 雅彦は設置してある簡易トイレに向かわず、子供達がいる方に向かった。洋介を含む子供達は土手に座り込み、話し込んでいた。
 洋介は雅彦の書斎から持ち出したメモを子供達に見せ、説明をして話を盛り上げていた。
 グループにいる子供の一人の加藤は、雅彦に気づいた。「前の奴だ、逃げろ」立ち上がった。
 子供達は一斉に散った。
 雅彦は子供が逃げると、加藤に目を付けて追いかけた。
 加藤は後ろを見た。雅彦が顔を真っ赤にして追いかけている。全力で逃げるにしても、足元にある草が邪魔をしている。
 雅彦は加藤に追いつき、体当たりで倒した。
 加藤は手足を動かして抵抗するも、雅彦は加藤の抵抗を問題にせず、胸ぐらをつかんで大声で怒鳴りつけた。加藤は恐怖で硬直した。
 雅彦は子供に顔を近づけた。「お前はうちの息子に何をしている、答えろ」
 加藤は徐々に涙ぐんできた。
「答えろ」雅彦は怒鳴った。加藤の胸ぐらをつかんでいる手に力が入る。直後に顔に何かが当たる痛みを覚えた。何かが当たった箇所をなで、飛んできた方を向いた。
 子供達が小銃を雅彦に向けて構えていた。洋介も拳銃を構えている。
 雅彦は子供達に猛烈な怒りが湧いてきた。加藤から手を離し、子供達に向かって走り出した。子供達は逃げだすも、一人に絞って追跡した。
 他の子供達は気を引くため、雅彦に玩具の小銃を撃った。雅彦はプラスチックの弾が当たっても動じない。
 雅彦は子供に追いつき、一人を捕まえた。
 捕まった子供は雅彦の顔を見た。雅彦は真っ赤な顔で怒りに震えている。「お前達が洋介を仕向けたのか」
 子供は体が震え、手に持っていた小銃とメモを落とした。
 雅彦はメモに目をやった。書斎で描いたイラストが載っていた。子供の顔を見るなり、平手で子供の顔をはたいた。子供は余りの痛みと衝撃でふらついた。
 直後に草を踏む音がした。音は速いペースで近づいてくる。
 雅彦は音がした方を向いた。同時に顔面に強烈な衝撃が同時に走り、意識がぐらついた。
 子供は引き下がり、殴った人間を確認した。
 高島が拳を握って立っていた。
 雅彦は高島の冷徹な表情を見て、目を見開き体が震えた。
 高島は雅彦の顔面を殴った。雅彦は衝撃で倒れた。子供の方を向いた。子供は恐怖で震えていた。子供の服をはたき、笑みを浮かべた。「大丈夫か」
 子供は高島の笑みに安心した。
 高島は雅彦をにらんだ。「お前はトイレに行かずに子供をいじめに行ったのか」
 雅彦は起き上がった。「逆だ、いじめてる奴を叱っただけだ」
 高島は雅彦の返答に顔をしかめた。
 子供達が集まってきた。洋介の姿もあった。
「お父さん」洋介は雅彦に声をかけた。
 雅彦は洋介に目を向けた。洋介は不安な表情で雅彦を見つめている。「いじめを受けてるんだろ、嫌なら嫌だ言えって」
「友達だよ」
「ウソを言うな、素直にいじめを認め」
「違うって言ってるんだ」洋介は強く言った。
 雅彦は洋介の言葉に驚き、口を止めた。
 洋介は雅彦の視線の先に気づき、メモを拾った。「友達とサバイバルやるって遊んでたんだ。俺は銃を持ってなかったから、貸してくれたんだ」
 雅彦は渋い表情をした。「わかった、もういい」手を振って子供達を追い払う動作をした。
 子供達は去った。
 高島は雅彦をあきれた表情で見つめた。
 雅彦は高島から目をそらした。「いじめを受けてたんだ、大人が止めないと悪化する」
「だからと言って、子供をしめていいのか。子供を殴っていいのか、殴って解決したか」
 雅彦は黙った。
「自分のトラブルシューター願望を満たしたいから、いじめをして欲しかったんじゃないのか」
 雅彦は苛立ち、高島に殴りかかった。
 高島は僅かな動きで簡単にかわし、殴り返した。
 雅彦はよろけた。
「力づくで脅せば相手は素直に要求を聞くがな、力のない奴にしか通じない。聞いたフリをするだけで何も解決しない」
「俺を学校から追い込んだお前が言うか」雅彦は声を上げた。
 高島は黙って東屋に向かった。
 雅彦は興奮が冷め、冷静になった。子供にした行為を後悔し、高島に続いて東屋に戻った。
「何かあったか」秋元は二人に尋ねた。
「連れションだ」高島はメモをまとめ、ケースに入れた。「すまない、依頼の話に戻る。もっとふわっとした奴がいい」
「ふわっと」雅彦は高島に尋ねた。
 高島はうなづき、雅彦の耳に顔を近づけた。「他の奴等は今やってる変身ヒーローじみた、ヨロイやロボットをイメージしたのがいいって言ってるけどな、俺達は曲線を中心にした、ひと目見て落ち着く奴がいい」
「怪人でもいいのか」
「怪人はキグルミだろ、ヒーローってのはスーツで見せるんだ。うまくやってくれ」高島はメモに書き込みをして雅彦に渡した。
 雅彦はメモを受け取り、テーブルに散らばったブロックメモと共にケースに入れた。
「次は来週でいいか」高島は雅彦に尋ねた。
 雅彦はうなづいた。
「お前に河川敷にいると言わなかったのは済まなかった。予定が入らなかったら倉庫にいる。変更があったら連絡する。約束だ」
 雅彦は荷物をカバンに入れ終えた。
 高島は雅彦の隣に来て、軽く肩をたたいた。
 雅彦はカバンを持って東屋から出た。土手の階段を昇る時、腕時計で時間を確認した。1時になる直前だった。
 住居に戻ると、洋介が居間で録画していた変身ヒーローの番組を見ていた。
 洋介は一瞬、雅彦を見てからテレビに目を向けた。
「洋介、俺の部屋にあった紙、勝手に持ち出しただろ」
 洋介は不満を露わにしてテレビのスイッチを切った。
「仕事で使うんだぞ」
 洋介は席を立ち、居間から自分の部屋へ歩き出した。
 雅彦は洋介の前に出た。
 洋介は顔をしかめた。「デザインやってるって散々自慢してたから、友達に見せたんだよ。見せたら俺でも書けるってよ。ひどい絵だよな」
 雅彦は洋介にいら立つも、理性で抑えた。「何で河川敷にいたんだ」
「父さんが言っていたヒーローの話が本当か、確かめたかったんだ。父さんこそ何をしてたんだよ、友達を殴るなんて。弱い者いじめをするなと言っておきながら、自分からやるって何だよ」
 雅彦は口を動かさずに舌を動かしていた。
 洋介は雅彦を払い、自分の部屋に入ってドアを閉めた。
 雅彦は怒りと悲しみが混じった表情で居間に戻った。新聞とチラシがテーブルに散乱している。特売や開店の知らせに混じって、デパートの屋上で開催するヒーローショーの知らせが入っていた。
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