第12話 自分らしく生きてみよう

文字数 2,665文字

イブは目が覚めて、目からの情報をゆっくりと処理した。
体を起こし、ベッドから出て廊下に出てきた。
パジャマのままで下まで降りて、クララおばあちゃんの存在を確認すると、あぁ、これが今の“現実”なんだと実感した。
「おはよう、イブ」というクララおばあちゃんの声に、イブは「おはようございます」と返した。
クララおばあちゃんが近寄ってきて、心配そうな顔で、「良く寝れた?」と聞いてきた為、「はい」と答えた。
「そう、良かったわ、じゃあ、朝ご飯の用意するわね、顔洗ってらっしゃい、あと、着替えもね」
「はい」
「あぁ、そう、イブ」
「なんですか?」
「あなたがどんな事で悩んでるのか、私には分からないけど、この世界では、ゆっくりあなたが休むための世界だと思うの、だから、焦って帰ろうとしなくて良いのよ?もしなら、その、帰らなくても良いんじゃないかしら?」
「帰らなくても良いなんて、そんな事出来るんでしょうか…?」
「私は分からないけどね、もしなら駅まで行ってみる?なにか駅員さんなら知ってるかも」
「そうですね」
「後で、覚えてる、分かる範囲で良いから、あなたの事、もっと教えてね」
「はい」
イブは返事をすると、着替えと顔を洗ってきますと言い、その場を離れた。
クララおばあちゃんは、そのままキッチンへ向かい、朝ご飯の準備をし始めた。
イブは自分の事を考えた。
あまり思い出せないが、一つだけ分かるのは、普通の子と同じようにという、母の言っていた言葉が心に突き刺さっている事だけだった。
他にももっと、悩みや嫌な事はあったはずだが、上手く思い出せなかった。
頭のモヤモヤがとれないまま、朝ご飯を食べる為に下へ降りてきて、クララおばあちゃんの元へ行くと、簡単なものだけど、と言われ、テーブルを見ると、暖かなスープとパンが置いてあった。
それを二人で食べる。
朝ご飯の時間帯は、何気ない会話だけで終わり、少し休んだら、庭で植物の世話をする事になった。
イブは、植物の世話は、水やりと肥料を与える、くらいしか知識が無いが、クララおばあちゃんのいう事をやってくれれば、という事だった。
少し休んで動けるようになってから、二人は庭へ出てきた。
この世界は、イブがいた世界よりも時間の流れが速いらしい。
クララおばあちゃんがその事を説明してくれ、ようやく時間の違和感に納得がいった。
「動物時間なのかしらね?」というクララおばあちゃんに対し、イブは首を傾げた。
「人間とは、成長速度などが違うのよ、まぁ、私達のような者を獣人と言うらしいから、動物ともまた違うのかも知れないけど。より、人間に近い者…なのかしらね」
「はぁ」
「だから、この世界は人間の住む世界とは、時間の速さが違うらしいの、詳しくは知らないんだけど、ねぇ、イブ、だからあなたは、焦っている気は無いのかもしれないけど、体が適応しようとしているうちに、なんだか、感覚的に焦ってしまっているのかも知れないわね、知らないうちに。だから早く帰らなきゃって、なっちゃっているのかも…。」
「そうですね、言われてみれば、なんか、異様に焦ります」
「なにか、あなたの世界へ早く帰らなきゃいけない理由に、心当たりある?」
「…ちょっと、思い出せなくて、ただ、何となく普通の子と同じように、という言葉が、心に突き刺さっているように感じます」
「普通の子って、どういう事かしら?」
「あの、えーっと、周りの子と同じように、とか、一風変わった事が無いように…とか、そんな意味のような気がします」
「そう、私には分からない言葉ね、普通って、なんなのかしら?言葉としてのニュアンス?っていうの?は、分かるんだけど、私達、獣人は、周りって言われても、動物同士、個性豊かだから。
ナマケモノさんは、ものすごくゆったりしているし、私は猫だから、猫の性質で生きているし…。
あっ、人間に近い感じで生きているから、動物とはまた、違うのだろうけど…、個性豊かな動物…というより、獣人である以上、周りと同じように、普通って言われても、分からないわ、ごめんなさい」
「あっ、そういえば、そうですよね」
「誰に言われたのか知らないけど、イブはイブらしく生きていれば良いんじゃないかしら?または、いわゆる他人と私…って、いうことでしょ?だったら、尚更、他人と私は違うトコが一杯だから、同じように…って、難しいわね、私はナマケモノさんのように、生きられないし…」
「そうですね、私も無理だと思います」
「だったらじゃあ、あなたはあなたらしく生きてみたらどうかしら?自分の事よ、まずは自分と向き合って、どうしたいか…って、考えてみたらどうかしら」
「自分と向き合うんですか?」
「そうよ、何が好きとか、嫌いとか、他人の事は考えず、自分の事だけを考えるの」
「うーん」
「難しく考えなくて良いのよ、難しく考えすぎると、疲れちゃうわよ、ゆっくり考えてみなさい、そして、それが好きだったり、嫌いだったり、皆と違っても、ダメだと考えずに、一旦、これが私と、考えてみなさい、そうすれば、自分が分かると思うわ」
「そうですか、じゃあ、後でやってみます」
「そうね、空いてる時間に少し考えてみて」
「はい」
イブはこの時、少しだけ心が楽になっている事に気付いた。
ここは、イブにとって必要な心の栄養をくれる場所であると気付いた。
時間の感覚や焦りから、なんとなく早く帰らなきゃいけないのでは?という、気分になっていたが、心のモヤモヤが少し晴れたせいか、また、心が穏やかになった。
何を焦っていたのか、少し考えてみた所、実家へ帰らなくてはいけなかった事を思い出した。
それは、イブにとって苦痛である事だ、そこから逃げ出したい気持ちで一杯だったのかも知れないと、イブは考え始めた。
そして、今回「普通」という言葉に、とらわれ過ぎていたのかも知れないと、考え始めた。
その言葉からもきっと逃げたかったのだろう。
心が落ち着けば落ち着くほど、考えがクリアになり、視野が開けた。
いつか帰りたくなったらでいい、焦らなくていい、たっぷり心と体を休ませたらでいい、そうしたら帰ろう、それで良いのだ。
最初からそうだったのに、何を焦っていたのか…今なら何となく、心に余裕が出来、ゆったりと物事を考える余裕が出来てきた。
“とりあえず今は、この世界で生きる、ここで生きていて良い、誰も怒らない”
そうだ、そうなんだよね、ここでゆっくり、私を取り戻そう、その為にここへ来たのかも知れない。
イブは、そう考えたら心が楽になり、クララおばあちゃんの姿に、癒しをもらえ、また少し元気を取り戻した。


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