Pastel Pais アダムの世界線

文字数 2,586文字

アダム…「〇〇〇 〇〇〇」は、昔から“女の子みたい”だと言われ続けた。
オカマだとか言われたりもしていた。
しかし、本人は全く気にせず、ニコニコとしていた。
昔から動物や花が好きで、近所の野良猫の世話を積極的にしたり、家の庭では花を植えて世話をしていた。
現実世界に疲れを感じる、と気付いた時はもう、手遅れで、気付いたら家の近くの最寄り駅の中で、あまり使われていないホームのベンチに座っていた。
切符も持たず、入場券だけ購入し、そこに座ってボーっと景色を眺めていた。
列車が到着するというアナウンスが聴こえ、ベンチから立ち上がり、駅に入ってきた列車にすんなりと乗り込んだ。
車内で車掌に話しかけられ、切符を渡され、抵抗もなくそれを口にした。
駅についても、駅員からそれを渡された際、やはり抵抗もなく口にした。
言われるがままに行動し、気付いたらアダムと呼ばれるようになっていた。
アダムは『チーズケーキ街』という場所で生活する事となり、ウサギの獣人のおじいさんと一緒に生活を共にした。
それから何ヶ月もそこで暮らしたが、現実世界とは時間の流れが違う為に、アダムは再び列車を降りた頃、来た時と同じ日、同じ時間であった。
しかし、列車が止まったのは、乗った時とは違うホームで、こちらは人が沢山、次の電車を待っていた。
アダムは列車を降りた後、女性が同じ列車に乗ったのを見かけた。
そして、あぁ、あの人も現実世界に疲れているんだ、と思い、列車が出発するのを見送った。
異世界での生活は、いつも心穏やかだった。
男はそんな記憶を思い出しながら、帰路についた。



現実世界へ戻ってくると、何も変わってはいないが、自分の意識だけは変わっていた。
ウサギのおじいさんと暮らした日々では、穏やかな時間の中を暮らして、現実世界の事はすっかり忘れていた。
チーズケーキみたいな建物ばかりの中で、アダムは大好きな動物と花々に囲まれた世界観で、自分の理想の世界の中に入れたのだと思っていた。
獣人と呼ばれる者達は、人間のように暮らし、食べ物も人間と同じような物を食べ、アダムはすっかり、この世界に馴染んだ。
おじいさんは時折、昔の事を話していた。
若い頃は仕事に明け暮れ、気が付いたら独り身。
寂しさもあったが、周りの者がつねにおじいさんの事を気にかけてくれていた為に、独り身でも寂しさは紛れていたと話していた。
誰かと話したりする事に疲れていたアダムは、その話を聞いて、自分には合わないかもしれないと感じたが、ずっと一緒にいると、おじいさんの優しさが身に染みたのだった。
「仲間は良いもの」と、毎度のごとくおじいさんは話していた。
いつも、女っぽいだの、オカマだの言われたアダムにとって、友人と呼べる人は、ほとんどいなかった為、仲間は良いと言われても、ピンと来なかった。
しかし、ここでは、おじいさんの仲間が、アダムも受け入れてくれ、人間ではない存在にアダムも少しずつ、心を開いていった。
おじいさんの仲間と話をしたりするうちに、誰かと話すのも悪くないと思い始めた。
ほんの何ヶ月しか、その世界にはいなかったのには関わらず、長い年月そこで暮らしていたような感覚に陥っていた。
アダムは、現実世界でもこんな風に生きれたら良いのに、と思い始めていた。
しかし、人間相手ではまた、気が付かないうちに疲れ切ってしまうだろう、という気持ちはぬぐえなかった。
おじいさんにその事を話すと、だったらまず、好きな事に囲まれてみたらどうだ?と言われた。
しかし、現実世界ではそういう事は難しいんだと説明すると、おじいさんは「難しいのか、そっか、人間は大変なんだな」とだけ、アダムに言い、無言でアダムの顔を見つめていた。
しかし、その言葉はアダムの心に刺さり、難しいという事から逃げていた、と気付かされた。
普通に働き、普通に生活をする、安定した生活が人間にとっての幸せと、考える人が多いからだ。
しかし、自分の好きを諦めず、夢を追いかけ、その世界に生きる人もいる事も事実である。
なれるか、なれないかは、その人の運命に左右されるが、チャレンジしなければ、何も始まらないとも、思えるようになった。
それは、この世界に来てから、どうやら考えが変わったようだった。
アダムはこの世界にいる間に、花の知識を身に着けた。
元々、花は好きだった為、自宅に花壇はあるのだが、より多くの知識を、花屋で生計をたてる、犬の獣人に出会った事により、知る事が出来たのだ。
お客さんを笑顔にする為の仕事、と、誇りをもってやっているのだとも、話してくれたのだ。
人と関わった仕事は避けてきた。
しかし、花屋の店員である獣人男性から、仕事を手伝ってくれ、と言われ、しばらくこの世界で生きる為に、その店を手伝う事にした。
獣人とはいえ、色んな客と接し、アダムにも自信がついてきた。
店主の男性は、アダムと同様、花が好きでこの仕事をしようと思い、今まで生きてきたと話してくれた。
アダムも、最初は接客なんて無理だと思っていたが、慣れるとそう無理な話ではなかった。
獣人相手だからだとも思ったが、そうではない、人間相手だって、変わらない。
相手を思い、相手の話を聞く。
それは、人間も獣人も変わらない事であると気付けた。
この世界は、嫌な者はいないが、皆が皆、同じという訳ではない。
犬だったり、ウサギだったり…色々な獣人がいる。
そして、それを受け入れているから、成り立つのだと、アダムは気付いた。
優しさだけでは、生きてはいけないが、人をキズつけるより、人に優しくなれたら良いと思い始めていた。
もちろん、合わない人の方が、一杯いるかも知れないが、合う人とだけ仲良くしてれば良いのだと気付かされた。
そして、自分は自分、他人に嫌われたりしても、自分の気持ちが一番大切なんだという考えに、変わっていき、それでも誰かと共存するうえで、他人の迷惑にならないようにと、生きなければならない。
複雑ではあるが、自分と他人を切り離し、色んな人がいる、理解出来ないような人達なんて、一杯いる。
そして、嫌な人も一杯いるが、自分の仲間がいれば、その仲間が多くても、少なくても、問題ないという事を、おじいさんから学んだ。
そうしてアダムは、現実世界へ、帰って来たのである。
今は、アダムがすべきことは、自分と向き合う事だった。
そして、あの世界での事を生かす為、アダムは目標を定めた。
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