病院

文字数 2,008文字

俺は土日除く毎日、近くの病院に通っている。
病気だからとか、そういうものではない。
ただ、そうしなければならないからだ。
なぜそうしなければならないのかはわからない。
だが、俺は行かなければならない。

今日は空が晴れて気持ちのいい日だ。
このところどんよりした天気で気うつだった。
病気になりそうだったが、俺は元気だ。

家を出て、杖を軽く突き、颯爽と歩いて、車に乗り込み今日も病院に向かう。
受付に会釈して、空いている椅子にかける。
杖を前に突き、じっと呼ばれない順を待つ。
そういう無心の時間が、俺には必要なのかもしれない。
午前中の込んだ時間に、小さくなって人が減るのを待つ。
昼も近くなった頃、隣のご婦人が囁いて来た。

「おたく、あたしより早くこられたでしょ?
受付に聞いてみたらどうかしら?」

「いえ、おかまいなく。ありがとうございます。」

「あら、そう?」

じっと待っていると、チラチラとこちらを見る。
不審者と思われたかもしれない。
俺はここにいたいだけで不審者ではない。
ばつが悪くて、ニッコリ笑う。
するとまた耳打ちして来た。

「ところであなた、カップ麺にお豆腐入れた事はあります?」


は?


一体何を言い出すんだ?この人は。
いや、だが、ここでいきなり怪訝な顔で見るのも失礼だろう。
ここは紳士的な対応をするべきだ。

「私は食べたことありませんが、美味いかもしれませんな。」

まあ!と、うれしそうにご婦人は手を叩く。
ガサゴソ大きなバッグから、いきなりカップ麺を取り出して、はい、と満面の笑みで渡して来た。
一度開封して、テープで止めたものを。

「どうぞ試してみてちょうだい。」


えーーーーーーー!!!


支離滅裂だ。
俺が受け取ると、ご婦人はサッと立ち上がり受付に会釈して帰っていく。
俺は、開封済みのカップ麺片手に、呆然と残された。

チラリと受付嬢を見る。
ニッコリ返された。
ニッコリ返す。

もらったものを、捨ててくれと渡していいものか。
いや、開封済みのカップ麺なんて、誰だって気味が悪いに決まっている。

どうしようと手に持ち眺めていると、パンッとテープが弾けるように外れた。
恐る恐る中を見る。
中には麺だけが入っていて、良く見たらオモチャで真ん中にメモが挟まっていた。

まさか?!恋文か??!!

俺は慌てて、柱の陰でそれを開いた。
が、

そこには謎の数字の羅列が書いてある。

5 18 6 44

何かの暗号か?!

まさか、あのご婦人はスパイ??
ドキドキしながら、一旦昼を食べに外に出る。

さすがにオモチャのカップ麺は近くのスタッフに処分を頼んだ。
昼も同じ椅子でじっとその数字を見る。

意味が、わからない。

受付嬢を見る。
ニッコリされたので、ニッコリ返す。

たのむ!どうかしたのって、聞いてえーーー!!

もうすぐ夕方になる。
日が沈む前に帰らねばならない。
顔を上げたとき、いつの間にか隣に目つきの鋭い老人が座っていた。
ジロリとにらまれ、ピシリと背筋を伸ばす。
すると、彼は床をじっと見たまま私に小さな声で問いかけた。

「あんた、ラーメンに豆腐を入れて食うかい?」

は???
はーーー??

なんか悪い取り合わせが流行っているのか?

「い、いえ、私は食べたことないんですけど、好きな人もいるようですよ?」

そう言うと、スッと手を出す。
は?
なに?

「ん!」

バンッと手を出される。
まさか、これか??

手にあるメモを、そうっと渡す。
数字を確認して渋い顔でうなずき、くしゃっと握りしめてポケットに入れると、ポンポンと肩を叩かれた。
彼はスッと立ち上がりその場を立ち去る。
そして受付に行き、受付嬢にそれを渡した。
受付嬢は、こちらをチラリと見てうなずくと、老人は病院を出て行く。

一体何なのかわからない。

もしかして、受付嬢はスパイなのか?
他の受付嬢が立ち上がり、こちらへ歩いてくるとのぞき込んでくる。

「お時間ですよ?」

「あ、はい。」

声をかけられ、ハッと思い出した。
私は、そうだった。
私も彼らの仲間で連絡係を担っていたのだ。

なぜ、そんな大事なことを忘れていたんだろう。

受付嬢に車へ案内されると、軽く会釈して別の老人と同乗する。
乗り込む前に、受付嬢が小さな声でささやいた。

「では、この事はご内密に。」

「了解した。」

良かった、今日も無事に私はミッションをクリアー出来たらしい。
私は安心して病院をあとにした。


車を見送って、受付嬢が他のスタッフとため息を付く。

「なかなか無い症例よねえ。」

「そうね、自分をスパイと思い込んでるんですもの。
でも最近、それも忘れ始めてるみたいよ。
カッコイイおじさまなのに、ちょっと残念よねえ。」

「そうねえ、他のお年寄りも悪乗りしてるから。」

「で、今日は何だったの?メモ。」

「ナンバーズ3の番号、吉田さんの占い当たるから頼んだの。」

「当たったらどうすんの?」

「吉田さんと半分山分けで話付けてる。」

プウッと笑って、スタッフはデイサービスに戻っていく。
その後ナンバーズ3が一枚、微妙な金額当たって、結局皆にシュークリームが配られた。

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