悪魔の功績

文字数 1,037文字

あいつは悪魔だ。
嘘ばかり付いて俺から金を無心する。
必ずそれも、給料日のあと。直後だ。
俺はおかげで好きな趣味にも打ち込めず、毎日家に帰るだけ。
昼飯は安い牛丼か、手製の弁当を持たされる。

ああ、何も生きている価値を感じない。

いっそ、電車に飛び込んで死んじまおうか。

いや、迷惑だし、痛そうだからやめよう。

そして電車に揺られ、最寄りの駅で降りると、俺は青い顔してきらびやかなパチンコ屋の前で立ち止まる。

わかってる、財布に金は無い。
金を借りたくても身分証明書も無い。
ヤミ金に行くと彼女が包丁を持ち出す。

手が震える。何度もつばを飲みこむ。
通り過ぎ、家の玄関のドアの前に立った。

「お帰りなさ~い!」

包丁を手に、にこやかな妻に、ホッとして渋い顔で空の弁当箱を渡す。

「あなた、パチンコ屋の前で立ち止まったわね?」

「でも行かなかった。行けなかった、君のせいで。」

「そう、でもそれでいいのよ。GPS外したら、私死ぬから。」

「わかってるよ。」

「今月も無事に支払い済んだわ、お疲れ様。来月もお願いね。
ぜんぜん足りないの、お金。全然よ?だから今日のお小遣いのおつりとレシートちょうだい。」

ほら、恐ろしいことに、僕はずっとこの悪魔に監視されている。
監視されて、金を巻き上げられている。
俺はレシートとおつりの543円を渡す。

「他にお金、隠してないわね?私の為にじゃないわ、あなたの為なのよ。」

ウソだ、ウソばかり言うな、お前の為だろう。

「俺はパチンコに行きたい。」

つぶやくと、妻は俺の手を握って、握って、握りつぶそうかと言うほど強く握りしめる。

「あなた、パチンコ依存症治ってないのね?またあの修羅場を繰り返すのね?」

「い、いてててて、治った、治りました!もう全然行ってないし、行けないし!」

「そう」

にっこり、ようやく手を離す。

「もうすぐローン終わるから。あなたの城を大事にね。
お風呂が先ね、今日はあなたの好きなトンカツよ!サックサクに揚げてあげるわ!」

そう言って、お風呂の用意をしてくれる。

君のおかげで借金を返し、その上小さな中古の家を買えた。
君のおかげでパチンコ依存症から脱却できた。
君のおかげでもうすぐ定年。

包丁を持った悪魔は僕の宝だ。
いつか君にその包丁を置いてほしい。

キミは僕を刺すくらいなら、自分が死ぬと言って血だらけになった。
君が泣いても泣いても、パチンコ屋に通い続けた僕は、あの姿を思い出すたびに手が震える。
僕の悪魔、大好きだ、愛してる。
定年が来たら、僕に家事を教えてよ。
一緒に旅行にでも行こうよ。
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