第3話 梅照院 新井薬師さん。

文字数 937文字

【新井薬師 ご縁日】

どんな街にも「鎮守」と慕う社があるだろう。
どんな街にも、お寺と神社があり、おおむね近くにあるか、または隣接している。
日本は過去の歴史の中で、神様と仏さまがくっついたり、離れたりしてきた不思議な国だ。
それはそうと・・・。
新井薬師。正確には 真言宗豊山派 新井山 梅照院。
本尊に薬師如来・如意輪観音を祀る寺院である。
住職が若いのか、ホームページなども充実していて、初見の方にも
わかりやすいが、密教系なので「護摩」を焚いていただけて
その功徳の最初に「眼病平癒」とある。
つまり「眼の病気」に効く・・・ということだ。
私が幼いころ、祖母は線香の煙を右手に握り、私の両目に
こすりつけては「うちは眼が弱いからね、薬師さんに守って
もらわないとな」と言い続けていたものだ。

縁日は「8の日」仏教では、8は何かとゆかりのある数字だ。
この8の日に縁日はある。
しかし最近はめっきり地味になったというか、昔の面影はないそうだ。
理由は沢山あるだろう。
子供が少ないとか、そもそもテキヤさんが減ったとか。
それでもお祭りの記憶と同じく、縁日の記憶は私を形作った、大切な記憶だ。
金魚すくい、スーパーボール、じゃがバター、杏飴。
夏を待つことなく、ひと月に3回。
あんなに楽しかった縁日が、今は寂しげだと聞くと、確かめたいような
見たくないような気持が大きくなるが、父が決めた日程は、すなわち
私に久しぶりの薬師さんにお参りをするしかない期日だった。

東京の2月は寒い。9年前から寒かったはずだったが、縁日だというのに
ほとんど人の出入りのない「薬師さん」はさらに寒さを感じさせた。
それでも私の記憶にない「撮影禁止」の張り紙やら、祈祷をお願いする
カウンターは新しくなっていた。
そういえば2月3日は「節分」だったはずだ。私が子供の頃は必ず力士が来ては
豆まきをして、それはにぎやかだった。商店会の旦那衆も、明け方から準備をして
テレビ局の取材も毎年来ていたと記憶している。
それから1週間も経っていないのに、この侘しさは何だろう?
8の日がこんなにさみしくなってしまったことに、かなり感傷的になりながらも
ゆるやかに立ち上る線香の煙を、自分の眼にこすりつけた。
(ばあちゃん、帰ってきたよ。)と心の中でつぶやいた。


(続く)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

私  39歳。離婚歴あり、子供なし。 ハワイでフォトスタジオを経営している。主に海外ウエディングの撮影を請け負っている。今回、父の要請により、コロナ禍を超え9年ぶりに帰郷している。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み