第5話

文字数 1,088文字

芝居がスタートした。
役者の演技は、これまでの稽古とはまったく違う。舞台袖で見ていて感動してしまう。
ケイちゃんも、今までで一番いい演技をしている。素晴らしいと思う。
初めて観る人にはわからないかも知れないが、僕にはわかる。
誰よりも沢山、彼女の芝居を稽古場で観て来た僕だからわかる事だと思う。
この芝居が終わったら、素直にこの感動を彼女に伝えよう。

間もなく一場が終わり、いよいよ僕らの出番だ。
これまで何度も稽古をして来た転換の仕事…大丈夫だ、いつも通りにやればいい‥‥自分に言い聞かせる。
舞台上ではケイちゃんが一人で長台詞を語っている。
彼女の見せ場だ。
出番のない役者、そしてスタッフも舞台袖から静かに見入っている。

そろそろ時間だ、スタッフは皆、片方の目を閉じる。
ケイちゃんの長台詞が終わり舞台の照明が暗くなる。客席から拍手が起きている。
完全に明かりが消えたのを確認して閉じた片方の目を開き、僕らスタッフは
舞台に飛び出して行く。
「見える、大丈夫だ」そう心の中で呟きながら、舞台中央に残っているケイちゃんを誘導する為に彼女の傍に近づく。
暗闇の中にいる彼女の肩を叩き手を握る。彼女は黙って僕の手を握り返して来た。そのまま手を繋いで下手袖まで誘導した。
袖に入ると小さな声で「ありがとう、頑張って」
僕はその声を背中で聞きながら、再び舞台中央に戻りセッテイングに入る。
山本は既に自分の仕事を終えて、僕の手伝いにまわって来た。
浩二と山本組みの二人はバックパネルの入れ替えに掛かっている。

僕と山本は作業の終了を確認して舞台袖に戻る。
あとは浩二達が戻るのを確認したら「完了」の合図を照明さんに送る。
10秒後、浩二達が戻って来た。「裕、完了だ」
「了解」
照明さんに「完了」の合図を送る。
舞台に明かりが入った。
完璧だ。全て巧くいった。
明かりがはいると客席から声が上がっている、次に拍手が来た。
それを聞いて鳥肌が立つ。
気が付くと、隣に立つ浩二と握手をしていた。山本達も傍に来て握手を求めて来る。
無我夢中の40秒間だった。

それから程なくして舞台は無事に終了した。
終演と同時に沢山の拍手が沸き上がっている。そしてカーテンコールが始まる。
舞台中央に役者陣が一列に並び頭を下げている。
続いて山下さんが、舞台から袖にいる僕らを呼ぶ。
スタッフ5名も舞台に顔を出すと、一段と拍手が高まる。
劇団員が全員揃ったところで、皆でお辞儀をした。
拍手が高まる中、舞台の照明がゆっくりと消えて、客席の明かりが入ってゆく。
無事、終演を迎える事が出来た。
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