第3話 クラスメイト

文字数 1,813文字

 地元の営業所に勤めていた頃、冬の暖房は石油ストーブだった。その日、灯油を運んできたのはいつものおじさんではなく、若い、背の高い男だった。
 美形だ。口髭をはやしてかっこいい。この男は? あのおっさんの息子か? 店員か? 
 
 ああ、この男は知っている。
「高校、どこ?」
と、私は声をかけた。初めて(?)会った女は敬語を使わず、彼はムッとしたという。なんだ、この女? と。
「江南」
ぶっきらぼうに答えた。
「名前は?」
「……鈴木」

 彼は再会に驚いたようだ。
 驚いたようだ。あとで、きれいになった、と言った。
 しかし仕事中。他の事務員もいた。年の近い女3人。ひとりは妻帯者と交際中。ひとりは妻帯者の所長に恋をしていた。のちに異動になった時には会いに行った。報われなかったが。

 彼はすぐに帰った。確かクラスで、大学をストレートで合格した数少ないひとり。就職していないのか?

 その夜電話がきた。電話番号は卒業アルバムに載っている。なんとなくそんな気はしていた。なぜかその頃は華やかだったのだ。
 なんと、すぐ近くの喫茶店にいる……
 ニットのワンピースを着ていった。あの頃は着られたのだ。体の線が出ても大丈夫だった。見直しただろう。目立たなかった同級生がグラマーでさ。
 コーヒーは『キリマンジャロ』
 これは、渡辺淳一の小説みたいに。

 懐かしい思い出話。
 惹かれてたのよね。鈴木君には。なのに私は、思い出してしまったのだ。彼を好きだった同級生の女子を。駅の向こうに住んでいる。ふたりでは気まずかったのだ。彼女を呼び出した。彼女は喜んでやってきた。卒業から4年以上経っている。

 そういえば、部活の先輩を好きだった。でも友人も同じで私に相談した。私は協力してしまった。いつでも脇役だった。
 
 しばし、3人で思い出話。その後、彼女を送ってから公園へ行った。私がヒロインか? 
 ベンチに座ると猫が来た。彼は猫の顎を撫でた。猫は離れなかった。高校時代はほとんど口を聞いたことがない。1度だけ……
「君は白馬に乗った王子様を待ってるんだ……」
みたいなことを言った。たぶん、国語の授業のせいだろう。『こころ』の感想。よく覚えていないが、変わっていたのだろう。
「Kが好きです。Kの孤独も、不器用なのも(あとは覚えてない)全部好きです」
「そうか、好きならしょうがない」
怖い教師がそう言った。Kは白馬の王子様ではないだろうに。
 私は男子とはあまり話さなかった。恥ずかしかった。いつも空想していた。現実離れしていたのだろう。

 送ってくれる車の中で話した。就職したけど辞めて、今はバイト。
 原因は? 
 失恋。失恋? 手痛く打ちのめされ手首を切って自殺未遂。
 酒も飲んでいないのに彼は話した。なんと言えばいいのか? バカね、と言ったのだろう。

 彼は就職したようだ。次に灯油を運んできたのはおっさんだった。
 そのあと、1度電車の中で偶然会った。忙しそうだった。少し話して、さよなら。

 しばらくして電話がきた。かけたくはなかっただろう。営業の電話。英語教材、いらないよね? 
 ……興味ない。ごめん。そして切った。

 そのような電話は部活の先輩からもかかってきたことがあった。こちらも素敵な先輩で憧れていた。相手にはしてもらえなかったが。
 突然の電話。懐かしがった後に……マンションなんて買うわけないじゃない。まだ、結婚もしてない若い娘が。この手の電話をかけなければならないのだろう。私は端役なのだ。

 時は流れた。長男の幼稚園で同じクラスになった愛美(あいみ)ちゃんのママ。知り合ったばかりなのに姉御肌で家に招かれた。美人ではないが明るくて気さくで面倒見がいい。
 公団住宅の部屋に写真が飾ってあった。鈴木君の素敵な写真。目がいいのだ。若き日のデビッド・ヘミングスのような。でも、いくら素敵だからって、旦那の写真を引き伸ばしてパネルにするなんて。よほど惚れているのか、姉さん女房。美男、美女、とは言えない。全然言えない。ちょっとショック。

 幼稚園の誕生日会、私の息子と愛美ちゃんのツーショット。なんとも皮肉なことだ。
 1度幼稚園に送りに来ていたので挨拶をした。下の男の子を連れていた。姉弟とも母親似だ。近況報告。
「愛美ちゃん、かわいいね」
「女はうるさいよ。なあ、和樹」
下の子の名を呼んだ。

 彼はそのあと地方に転勤。それっきり縁はない。
 晩年のデビッド・ヘミングスのように変貌していないだろうか?
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