第2話 放送禁止歌

文字数 1,409文字

 中学2年のときに同じクラスになった斉藤君。背が高かった。私の前の席。彼の隣は背の低い高砂(たかさご)さん。ふたりはいいコンビだった。1年のとき同じクラスだったのだろう。女の高砂さんが、斉藤と呼び捨てにしていた。高砂さんとはよく本の話をした。『真田幸村』を貸してくれたが、読めずに返した。ポワロが好きで、ふざけて私を「モナミ」と呼んだ。

 斉藤君は毎日遅刻してきた。怒られても怒られても遅刻してきた。
 斉藤君は後ろを向いて話しかけてきた。
「アイミー好き?」
「なに、それ?」
とは聞けなかった。喫茶店など入ったことはない。
「岡林信康好き?」
 真面目な私はその頃、岡崎友紀も知らなかった。
 私は真面目すぎるくらい真面目で面白くはなかったろうに。反応がないから気になったのかもしれない。授業中もしつこく話しかけて、先生に怒られていた。

 1度だけ素敵だった。文化祭でギターを手に歌った。岡林信康の『くそくらえ節』
 歌詞にびっくり。でも、先輩たちより魅力的。
 
 卒業したあと、何度か電話がきた。家の固定電話だ。顔を見ないと私も話せた。同級生の女の子に何人かかけているらしい。
 出した名前はかわいい子。かわいいけれど性格は我儘で、私は好きではなかったふたり……死んじまえ。

 電話は定期的ではない。気まぐれにかかってきた。寂しいときの話し相手の何人かのひとり。私も長電話を楽しんだ。クラシック音楽が好きだというと、電話の向こうで鼻歌が。ツァラトゥストラはかく語りき……

 高校を卒業して就職した。保険会社の本社勤務。その年発売された財形貯蓄のための新しい部署。発売されると忙しくなった。真面目な高卒の私は短大出の女性よりも信頼され、帳簿を任された。男性社員は残業続きで心配したほどだ。私も夜の9時まで残ったりした。短大出の子はふたりいたが、ふたりともよく休み、呆れるほど責任感がなかった。大卒の女性は服や化粧は大人の雰囲気、タバコも吸って最初は気おくれしたが、保険会社に入社しながら『保健』と書いた。字も下手で算盤もできなかった。ボールペン字と算盤は入社前の課題に出されていたのに。

 それでも、飲み会でチヤホヤされるのは彼女たち……死んじまえ。

 その頃また斉藤君から電話がきた。レストランでバイトをしているから食べに来い、と。何人かにかけたのだろう。会社のふたつ手前の駅。
 よくひとりで行ったと思う。ノンノのモデルを真似た格好で。
「また、斉藤の女」
とヒソヒソ声が聞こえた。死んじまえ。

 社会人になったふたりが久しぶりに会った。斉藤君は仕事中だから、たいして話せない。店の名は忘れてしまった。コーヒーを運んできたときに、『かわいがってね』という意味だと教えてくれた。
 その夜電話がきた。本当に来るとは思わなかった、と。

 その後も忘れた頃に何度か電話はきたが会うことはなかった。斉藤君は亡くなったのだ。心臓病で突然。高砂さんから電話がきた。
「親しかったでしょう?」
と。

 葬儀には行かなかった。冷たいのかな?

 今になって岡林信康を聴いている。斉藤君が聴いていたフォークのカリスマ、フォークの神様。
 彼は本人の意識や意図とは別に、祭り上げられ疲れて山村に移住したのよ。今も音楽活動と農作業をしている。声も渋くなった。ボブ・ディランのように。歌詞もいい。

 斉藤君の聴けなかった曲を私が聴いている。何十年も経ってから、死んじまったあなたを思い出している。


  
  
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