第25話  夢の中で

文字数 1,142文字

 7月10日よりオールスターゲームが始まる。

 田村の前半の成績、人気投票があまり伸びなかったため、メンバーに選ばれなかった。

 監督推薦という話もあったが、田村は丁重に断った。

 
 大地の体調が急変したのは、大阪ドームへ行ってから五日後のことであった。高熱が続き、大地はずっと寝たきりとなってしまったのだ。


 7月16日の試合が終わり、田村は宿舎のホテルへ戻りベッドで横たわっていたが、知らないうちに眠ってしまい夢を見ていた。


 夢の中で、あの大地とキャッチボールをしていたのである。

 「タム、誕生日のプレゼントありがとう。とても嬉しかったよ。もう一回、タムのホームランが見たいの」と大地が言った。

 「分かった。また、ホームランを打つから応援に来てね」

 「もう、応援に行けないの。もうじき死ぬの。でも怖くないよ」

 「いったい何を言っているの、大地君」

 「ほんとだよ。僕がママのお腹の中にいたとき、トラックがパパの車にぶつかったの。僕は死んでしまったけど、パパとママは大丈夫だったから嬉しかったよ。でも、ほんとは僕、死にたくない」


 田村は耳を疑った。まさか、6年前の事故?

「大地君は、死なないよ。絶対に治るから、そんなことを言ってはだめだよ」

「うん分かった。その代わりタムにお願いがあるの」

「いいよ、何でも言ってごらん。僕ができることなら何でもいいよ」

「ほんとに?」と大地は微笑んで言うと、

「約束する」

「タムが1番になってほしいの」

「1番というのは、何を1番になればいいのかな?」

「ホームランのことだよ。タムがホームランをたくさん打ってくれたら、僕はがんばって……」
と最後の大地の言葉が聞こえなかったため、もう一度、田村が聞こうとした。

 すると、大地は笑顔で手を振ると、田村からだんだんと遠ざかっていき、終いには田村の前から消えてしまったのだ。

 そこで、田村は目が覚めた。時計を見ると、まだ朝の3時30分であった。

 翌朝、田村は昨日の夢のことが気にかかり、大地の家へ電話を入れた。

 「おはようございます。田村と申します」

 「田村さんですか? おはようございます」とひとみが言うと、

 「朝早くからすみません。その後、大地君の様態はいかがですか?」

 「実は、一昨日の夕方から高熱が続いて、今は集中治療室に入っているのです。今から主人と病院へ行くところでした。それから、遅くなりましたが、大地の誕生日に記念のプレゼントを頂き、ありがとうございました。一番のいい想い出になりました」とひとみが辛く言ったため、

 「村山さん! どうしてそんな過去形で話すのですか?大地君は必ず元気になりますから、大地君の前で悲しい顔をしないで下さい」と言って電話を切った。

 田村は夢で見た大地のことは、あえて話さなかった。
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