第20話 吉岡の証言2

文字数 3,129文字

「内村……。その人はタバコは吸ってたの」
 あかねはどうでもいいことでも真剣に聞く。真にはタバコよりもあかねがその男に凄く興味があるように見えた。
「タバコは吸ってたよ。その人ヘビースモーカーだったんだ。だから、その人が帰った時は灰皿にタバコの吸い殻が山盛りだったな」
「お酒は?」
「お酒も飲むよ。結構高いものを頼んでた。舞子がシャンパンを開けてほしいと頼むと、その人も上機嫌でドンペリを頼んだりしてね。凄く羽振りが良かった」
「お金遣いが荒かった人だったんだんね。その光景を見てママさんはどう思ってたかわかる?」
「うーん、あんまり嬉しそうな感じはしなかったけど、でも、その人とは知り合いだっていうしね」
「どういった知り合いとか知らない?」
「何か、いろんなことを助けてもらっている人だって言ってたよ。それ以上はあたしも知らないけど」
 ここで一度、沈黙が流れた。あかねは随分ぬるくなったコーヒーを飲んで考え事をしている。真はあかねに言った、
「その男が何か今回の事件に関するものを持ってるのでしょうか?」
 あかねは鼻から息を漏らし、コーヒーをカップの上に置いた。「分かんない。でも、舞子と早乙女の関係をつなぐ何かを持ってる。ママが舞子のことを嫌ってるのはその男が絡んでいる可能性が高い感じがするんだ」
 吉岡は自分の腕時計で時間を確認していた。真は慌てて言った。
「もし時間に遅れそうだったら、この辺にしましょうか?」
「いえ、まだ時間に間に合いそうです。ちょっと聞きたかったんだけど、お二人とも仲がいいわね。どちらも探偵に所属してるの?」
「あ」と、真が口を開く前に、あかねはハッキリ言った。
「いえ、あたしが探偵事務所を経営して、彼は出版社の仕事をしてるんです。ただ、あたしの助手でもあります」
「そうなの。二人ともまだ若いよね。大学生か何か?」
「いえ、大学生ではありません。二十一と」と、あかねは自分を差して、「二十三です」と、真を差した。
「へえ、若いね。あたしなんか三十だから……」
 三十! 全然見えないと真が驚いたと共に、あかねもその言葉を投げかけた。
「三十! 見えない」
「ありがとう。でも、今はきちんと化粧してるけど、取ったら年相応よ。それにあたし子供もいるの。五歳だけどね。その子の為にお金が必要だから……・」
 ――必要だから、お水の道に進むしかなったということなのか。
「そういった方は多いいの?」あかねは言った。
「多いね。というかこの世界は、好きでやってる人ってそんなにいないよ。大概はお金が必要だから渋々働いてる。あたしみたいに子育てのお金だったり、旦那が働いてくれないから働きに出ていたり、ホストの遊び欲しさに働いてたりってね」
「ホスト……。ホストといえば、舞子さんが殺害される一か月前に殺されたという話はご存じですか?」
「うーん、何となくね。でも、その事件とこのクラブは関係性がないから、事情聴取はされなかったけど……」
「関係性は両方共に深夜に殺されたことと、事件が起きた場所が近いこと、そして夜のお仕事だったこと、後一番関連性を深めたのが、どちらの人物も覚せい剤を使用してたことです。舞子さんは覚せい剤の使用をほのめかすようなことをしてた?」
「どうかな。あたしに対してはしてこなかったな。確かにお店の経歴は一緒だけど、年上っていうこともあったのかもしれないな。ただ、もしかしたらママには使用をほのめかしたかもしれない」
「ママ? 早乙女さんに?」
「うん、覚せい剤ってやった方が結局損じゃない。だから、人を貶めるためにも悪用してたってことをしてるかもね」
「どういうことですか?」あかねは頭の上にハテナが消えなかった。
「例えば、お酒にこそっと覚せい剤を入れるとか。そうすることで同罪になるわけじゃない。そんな陰湿なことを舞子ならやりかねないね」
 あかねは息を呑んだ。「そんな人と仕事を一緒にしてたんですか?」
「まあね。あたしも三年ここにいて、舞子の素行が嫌で変えようかなって思った時での殺人事件だったから」吉岡は自分の腕時計を見た。「あ、もうこんな時間。すみませんけど……」
「いいですよ。十分いろんなことを話してくださって、ありがとうございます」
 真は立ち上がって礼を言った。
「すみません。ごちそうになりまして」吉岡は立ち上がって、ポシェットを肩にかけた。「事件解決するといいですね。若いお二人さん」
 そう言って、吉岡はウインクをした。
「はい、ありがとうございます」
 真は立ち上がってもう一度礼をした。あかねも立ち上がって会釈をする。
 喫茶店のドアが閉まると、真とあかねは向かい合って座った。
「いろんな証言が聞けましたね」真はぬるくなったコーヒーを飲み干した。
「そうだね。あの人が、そもそも人柄が良かったから、いろんなことが聞けた。まず、舞子と早乙女の関係性だね。あの二人、やっぱり何かあるよ」
「そうですね。互いに陰湿な嫌がらせをやっていた感じが匂わせますね」真は白紙の紙を取り出し、テーブルの上に置いて、ペンを片手に、それぞれの登場人物を書いていった。
「そうだね。そして、鍵を握るのは入れ墨をした男……」
「内村って人がどこで何をしてる人なのか、分かったらいいんですけど……」
「まあ、舞子とプライベートで会ってるかも分からないね。うーん、もしかしたら、会っててもおかしくないかな」
「どうしてですか?」
「だって、木本だって、会ってデートをしてるんだよ。そんな不謹慎な人に、入れ墨で乱暴な言葉遣い、大柄な態度を取る人物に直接会いたいと言われたら、会うんじゃないかな」
「但し、お互いにメリットがあってですよね」
「そう」
 と、あかねは自分のコーヒーを飲み干した。
「ニガ……」と、呟いた。
「砂糖入れませんでした?」
「あたしは、甘糖なんだよ。まこっちゃんもカフェオレ好きそうだよね」
 すると、真も頭をかいた。「アハハ、実は僕もカフェオレが飲みたかったんですよ。でも、吉岡さんが、もしかしたら無糖が好きかなって、敢えてブラックを頼んじゃいました」
「でも、吉岡さんもあんまり飲んでないよ」
 あかねがコーヒーカップを持って真に見せると、半分以上残していた。
「あ、ホントだ……」
「もしかしたら、緊張してあんまり手を付けなかったのかもしれないけどね」
 そう言って、あかねはコーヒーカップを置いた。
「それはいいとして……。問題は内村っていう人をどうするかだよね。舞子のスマホは警察に押収してるから、アドレスとかは見れないのかな」
「その、やり方がありましたね」
「そこを当たってみよう。今日はもう六時だから明日、菅さんに聞いてみようか。それと、一つ推測してみていい?」
「何ですか?」
「その内村はもしかしたら、暴力団なんじゃないかなって思う。それで、早乙女との関係性もあるんじゃないかな」
「なるほど……」
「それに、早乙女はママーー件オーナーと豪語してたけど、少なくともあの人はたとえ経営に必要なお金がなくとも、バックにはお金を出してくれるところがある」
「それが、大森組ですよね」
「そう。大森組がこのクラブのカギを握ってるのかもしれない。それで、一人派遣として送ったのが内村だとしたら?」
「ああ」真は悪寒が走り思わす手を叩いた。「それだったら、辻褄が合いますね」
「ただ、もしそうだったとしても、それを何故ママを指名するんじゃなくて、舞子を指名してたんだろう……」
「気にってたからじゃないですか? やっぱり可愛い子の方が指名したいじゃないですか?」
「うーん」
 あかねは納得いかない表情だった。とはいえ、吉岡が残して言ったコーヒーカップを逆に向けて飲み干したことは、真もさすがに度肝を抜かれたが……。
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