第7話 帰りの運転

文字数 2,536文字

 夕方になり、あかねは車を運転していた。

「さっきの、木本さん。大丈夫かな。結構情緒不安定そうでしたけど」

 真はあかねを一瞥しながら言った。

「さあ、大丈夫じゃない。お金があるんだったら」あかねは真っすぐ前を見ながら言った。

「舞子さんが薬物を使用していたのを知って、疲れてるんじゃないですか?」

「そうかもしれないね。でも、亡くなったからいいと思うよ」

 その時に信号が赤になった。前の車が止まり、あかねの車は後に止まった。

「渋滞かよ。早く帰りたいのに……」

 大通りの道では会社の帰宅時間になり、車通勤の人たちで一気に渋滞と化す。前の信号でも赤で、泊まっている車がつらづらと並んでいた。

 真は言おうかどうか迷っていたが、徐に口を開いた。「あかねさんは木本さんに冷たいですよね」

「え?」あかねは真を見た。

「だって、木本さんは篠原さんが亡くなってそんなに経ってないのに、さっきも亡くなったからいいとか平気で言って、確かに木本さんは僕らよりも一回りも年上だけど、それでも篠原さん一途そうだったじゃないですか。もう少し慰めてあげても良かったんじゃないですか?」

「そういうふうに思ってたの? まこっちゃんも純粋だね。あたしは木本さんには厳しくしてるつもりはないよ。寧ろ木本さんのイメージは良かったよ」

「じゃあ、何で」

 信号が青になって、あかねは車を走らせた。

「舞子さんに弄ばれてるんだよ、あの人。だって百万円も借金があるということで、普通貸す? 結構な大金だよ。いくら彼氏彼女という関係だったとしても、たかが二カ月しか交際してないのに。アレは舞子が“この人だったら簡単に自分の手中に収められる”と思って、交渉したんだよ」

「確かに、百万円は大きいですよね。でも、食べ歩きしたり、ゲームしたり交際してたような話はしてましたよ」

「何かに吹っ切れたんだと思う。もちろん、舞子は木本さんのことは好きじゃないはず。だって二年間もお店でたくさん貢いできた男と真剣な交際しますか。あたしだったら、恐怖でしかないね」

「ああ」と、真は納得した。

「木本さんもそれほど女性慣れしてないんだと思うよ。あたしは男っぽいからフツーに話掛けてくれたけど、基本内気な性格だと思う。だから、好きになった女性に対して落とすことは、いかにしても自分の持ってるお金で貢ぐしかないと思ったんだろうね。それが、逆効果になるんだよ」

「そうなんですか?」女性慣れしていない真も素直に驚愕していた。

「時と場合によるけどね。とにかく、お金をたくさんもらって恋愛対象になる女はいない。そうなったとしたら、大した女じゃない。舞子はどういった意図で、木本と交際に至ったかは調べる必要がある。あと……」

 と、また信号が赤になって、後続車に続いてあかねの車は止まった。

 真はあかねを何も言わず見ている。

「舞子は当時から明るい性格だったことを考えると、以前にも彼氏がいた可能性は極めて高い。それと、薬物の件だね。一か月前にホストの男性が殺されているとなると、どこで手に入れたかを探る必要がある。菅さんが麻薬取締役の警察と話はしてるとは思うけど、一日一回は菅さんとこういった調査をしたと話し出す必要があるな」

「ああ、確かにそれは言えますね。あの菅さんって人は信用できる人なんですか? 昔お世話になったって言ってたじゃないですか?」

「菅さんにはお世話になったよ。あたしが孤児院から抜け出して色々と夜道歩いてた時に、菅さんに捕まったんだ。その時はタバコも酒もやってたから、めちゃくちゃ怒られたけどね」

「そんな昔があったんですか?」

「まあね。いろんな男たちからも声を掛けられたよ。ホテルに誘われたこともある。食事だけ一緒に食べて、逃げたけどね」

 食事だけって……。パパ活じゃないか。と、真は内心思っていた。

「そんなことやってきたから、精神面は鍛えられたし、あの時はつむぎの涙が効いたよね」

「妹さんが……」

「あたしにも守るべき人がいるってことを再確認させられたけどね。おっと、話がそれちまったね。菅さんが信用できるかってところだよね。まあ、その時は、更生のために色々説教させられたよ。まあ、あたしも懲りないから、再度夜の繁華街を歩くんだけどね。そのたびに菅さんに見つかった。というか、菅さんがあたしの更生担当みたいになってたけどね。あの時は、数回あっただけで、それっきりさ。本来のあの人の性格や、プライベートも何も知らない。裏で何を考えているのかも分からない。今回の事件に関してあたしの探偵事務所に訪れたのも、何かあるかもしれないし、あの人の人柄の良さなのかもしれない。はっきりとこうだということは断定できないよね」

 そう言って、信号が青になり、後続車に続いてあかねは車を走らせた。

「ということは、あの人が味方か敵か分からないってことですか?」

「今のところグレーといったら一番かな」

 そうあかねは呟いていた。真は彼女が本心だと悟った。



「今日は付き合ってくれてありがとう。明日もお願いね」

 あかねは真を降ろすと、ウインクをした。

「明日はどこを当たるんですか?」

「取り合えず、あたしは、木本さんはシロだと思ってる。あの人が犯人だと仮定した場合、殺害する動機が見当たらない。あれ程惚れてるんだ。今はそっとしてあげたい。明日は菅さんと話をするけど、あたしは舞子がどこで覚せい剤を仕入れたのか、そして、一か月前のホストも同じところで仕入れたのかを調査しようと思う。その為に男の助手は必要だと思ってる」

「助手って僕のことですか?」

「当り前じゃない。あんたはあたしの助手だよ。……ちょっと頼りないけど」

 頼りない――その言葉は真をズシーンと脳裏に叩きつけられる。何も言葉が出なかった。

「とにかく、明日からは十時に来て。菅さんにも言っとくから」

「わかりました」

 そう言って、真とあかねは別れた。

 帰り道、真はとぼとぼと駅まで歩きながら考えていた。

 事件よりも笹井つむぎが気になっていた。

 あの釣り目で、鼻筋も通っている。別にあかねがブサイクではない。しかし、彼女の色気は度肝を抜かれた。

 明日はどんな気持ちで接すればいいかそんなことを考えていた。

 真は、つむぎに完璧に恋をしていた。
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