11. プレイログ(8回目・完)

文字数 2,898文字

◆唯青月 二十日
 あれこれ考えたくて、一日作業を休んでしまった。もちろん庭の手入れはしたし――必要ないと思って書かないでいた記録を、やっぱり残すことにした。それは昨日の成果って言えるかも。
 そして今日は掘り起こしてきた薬草を手に、実験室にこもる。

 作業台に置いたのは、自分の庭をもらって三日目に作った薬草。眠気を引き起こすフラワーピローだ。
 もう一つの材料は先生から貰った童子(ワラベ)(アメ)の根っこ。真っ白でふにゃふにゃのゴボウみたいなこの根は、すごく甘くて調味料の代わりになる。効能はほんのちょっと内臓を温めるだけなんだけど。
 童子(ワラベ)(アメ)の煮汁とフラワーピローの皮の粉末を小鍋にあけ、弱火にかけて。
 小鍋の上で祈るように手を組む。俺は小さく、でもしっかりと、呪文を唱える。

 握り込んだペンダントから銅色の砂粒がきらきら落ちていく。鍋の中身がひとりでに波打って混ざり合う。
「……あなたに、優しい眠りが訪れますように。おふとんはふかふかで、朝まで暖かくいられますように。夢の中の空が青空でありますように」
 とても呪文と呼べないような言い回し。この魔法に決まった句はない。必要なのは心からの言葉ってことだけ。
「そこに土の匂いとたくさんの薬草や野菜がありますように。陽射しが強いときには、雲が横切りますように。蜜蜂や蝶が飛び回りますように」
 俺が薬草魔術師として色々なことを教わる前、一番最初に習ったのがこの魔法だった。あらゆる魔法の根っこにある原初の魔法かもしれないと、あの日の先生は言った。
「親しい人が遊びに来て、楽しく話していきますように。お客さんが笑顔をくれますように。それで明日は……とびきり良い気分で目覚めますように」
 幸あれという願い。名前のない、ささやかなおまじない。
 ふうと息を吐いて鍋の中を確認する。水気はすっかり飛んで、金色のさらさらした結晶が残っていた。

「カルカリナ。食事が進んでなかったが、体調が悪いのか? 毒見に失敗したか?」
「うえっ!? 違います、えーと、どどどどうしよう、緊張してきた」
「何かあったのか」
 夕食後。挙動不審な俺を真剣に心配してくれる先生に、丸っこい瓶を押し付けた。
「センセにこれ、貰ってほしいッス」
「……なんの薬だこりゃ?」
 ごつい手が瓶を振って、金の粉が揺れている。コルクで栓をしたのに甘い匂いが漏れ出してきそうだ。
「良い夢が見られる、かも! ってハーブシュガーです。さっき昼寝で試したから効果は確かな、はず……」
「ほお。何だって急に」
 先生は面白そうに顎を撫でて、返事を待っている。あの表情は、止まらない涙でヒィヒィ言う俺を質問攻めにしていた時と同じ顔だ。ちゃんと答えるまで解放してくれないだろう。

「俺、とにかく良い薬を作りたいって思ってたんです。けどこの間お客さんと話して……誰にどう処方するかが大事なんじゃないかって感じて」
「あの料理人の卵か。まあ()(タマ)の賦活薬はデメリットが大きいから、ああいう事情じゃなきゃ出さねえわな」
「ん……厄介な薬でも、欲しい人には良薬ってことッスよね。だから『何を』じゃなくて『誰に』って考えて作りました。センセは健康だから、ちょっと嬉しくなれる効果にしたんです」
 正直に全部言うと、先生は視線をきょときょとさせ、そしてぶっきらぼうに唇をへの字にした。もしかして照れてる?
「そうか……ありがとな。用量はどんぐらいだ」
 後ろ頭をかきながら訊かれたので、ティースプーン一杯でちょうど良いと答える。そうしたら先生は飲みかけのお茶に有無を言わさず放り込んでしまった。

「あ」
「ん?」
「それちょっと副作用が……眠りが深くなりすぎるみたいで、寝坊しちゃうかもしれなくて」
「まあ耐えられんだろ、多分。もしお前が起きたときにまだ寝てたら、叩き起こしてくれ」
 全然ためらわないでカップの残りを飲み干す先生。まだ早い時間だけど、このまま寝るつもりらしい。楽しい夢を見てくれたらいいな。
「分かりました! おやすみなさい、センセ」
「ああ、おやすみ」
 食卓を立った先生は、去りかけて止まり、何か考え込んでいる。
「……カルカリナ、お前は薬の勉強が好きか?」
「もちろんッスよ」
「なら明日、また新しい魔法を教えよう」
 それだけ言って今度こそ部屋を出ていった。背を向ける一瞬、チラリと見えた口元は――いつもの豪快な笑い方と違って、とても穏やかで優しい。
 俺は食器を片付けながら、ほわほわした気分で何度もそれを思い返した。

 翌朝、先生はもちろん俺より早く起きてたし、新しい魔法の勉強で俺はいっぱいしごかれるんだけど。
 それはまた、別の話。


◆調合の記録
【フラワーピロー】
1. 甘い夢
・フラワーピローの皮12グラム:葉肉は含まない皮のみの分量。焼いてから、すり鉢で粉にする
童子(ワラベ)(アメ)の根4グラム:煮出して抽出
弱火にかけながら、飲む人にとって楽しいと思う夢をなるべく具体的に唱える。水気がなくなったら完成。


◆薬品の記録
【アイスピースの鎮痛香(改良予定)】
薬液を染み込ませた、藍色の樹皮。ほのかに甘い匂い。
神経に作用する鎮痛作用がある。副作用として、使った部位を強く冷やし、痛み以外の感覚も麻痺させ、筋肉の強ばりが起こる。
1cmぐらいに裂いて火をつけ、煙を痛い場所に当てる。効能に対して副作用が大きめなので注意する。
メモ:もうちょっと効果のバランスを良くしたい。香木を別のにして試すか、他の形にするか。

【甘い夢】
金色のハーブシュガー。匂いも味もまろやかな甘さ。
ティースプーン一杯くらいを飲んでから寝ると良い夢が見られる。飲み物や料理に入れてもOK。
副作用として、眠りが深くなりすぎ、寝起きが悪くなることがある。
メモ:作る時に飲む人のことを考えて呪文を唱えるけど、全然違う好みの人が飲むとどんな夢になるのか分からない。今度試してみよう。


◆判定結果等
8回目 調合実験
材料1:スペード9を選択、ダイス目3→「皮・樹皮」「寒色系 or 暗い色|角ばっている or 硬い」「12グラム」
材料2:ハート2、ダイス目2→「根」「暖色系 or 明るい色|丸みがある or 柔らかい」「4グラム」
生成判定:〈魔力〉を選択、ダイス目3・3→成功(代償あり)
形状:「食品類」表を選択、ダイス目2→「ハーブソルト・ハーブシュガー」
耐毒判定:ダイス目5→成功
効果:5を選択→「気分の沈静や高揚に関する効果」
味:ダイス目1→「甘味がある・甘味が強い」
香り:ダイス目1→「甘い香り・フルーティーな香り」
薬効・毒性:ダイス目3・5、薬効5毒性3に割り振り→「強い薬効。風邪のような症状に効く程度」「弱い毒性。少し調子が悪くなる程度」

・材料の片方を自分で育てた薬草にする方針は4~5回目と同様です。
・6~7回目を書いた時点で方針(先生に渡す薬を作る)を立て、任意選択部分はそれに沿って決めています。ランダム要素が神がかった結果、形状・味・香りが一致した美味そうなものができました。
・文章に上手く入れ込めなかったのですが、生成判定の代償として気力が尽きて+薬の副作用で爆睡した裏設定があります。会話で言ってる昼寝はこれ。


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