とある処刑人と娘さん
文字数 2,547文字
我が主に「お主、嫁はいるか?」と尋ねられた。
私は作業の手を止め、体ごと主の方に向いて跪いてから「いいえ、おりませぬ」と答えた。
主は座椅子にゆったり座っていた姿勢を若干正し「いないといずれ困るのぅ。処刑人はたくさんほしい」と、私に向かって微笑む。
何の事を言っているのか一瞬わからなかったが、少し考えて「あぁ。嫁がいない、すなわち子供がいない……という事か。それを嘆いてくださっているのか」と、ぼんやり思い至る。
主は私の後方に視線を飛ばしながら「お主、その中から好みの女を選んで嫁にしろ」と仰った。
主が扇子で指し示したその先には、壁を背に横一列に並ぶ粗末な衣服を着た女衆。弱者である女達は強者である主に指し示され、条件反射で身を縮こませた。
私はきょとんとした。しかし、主よ。この女達は……。
「どうせ死ぬ身の者ら。何なら、好きな者を選ぶがよい」
女達は、これから私に処刑される女達だった。
何をやらかして処される女達なのか私には知る由もない。知る由もないが、主が命じるのなら私は何でもやるし誰でも処刑する。
主が「選べ」と仰るのなら、私は選ぶ。
「この者に嫁として選ばれた者は、この先の人生も生きてよいぞ」
話を聞いていた女達は、私と目を合わせないようにする者、生きたくて私に媚びた目をする者、無反応な者と、それぞれ反応が異なっていた。
私は、無表情のまま“それ”を選んでいた。主から「嫁を選べ」と言われて、特に嬉しくも楽しくも興奮も何もなかった。
女達を無感情のまま一瞥する中で、ふと1人の女が目に止まった。
多分、見目麗しいわけではないと思うただの細い女だった。しかし、どうにも気になった。
女は、私の事を無表情にじっと見つめていた。私も無表情に女を見つめた。
これから先の人生、一緒にいて疲れなさそうだな、と思った。嫁を彼女に決めた。選ばれなかった他の女達が、嘆いたり舌打ちをした。
私は「3番」と女を呼んだ。それを受けた3番は会釈した。私は主の方に向き直り「3番にします」とお伝えした。
主は「ほぅ」と応えると、すぐさま「では、早いにこしたことはないだろう。すぐに子作りせよ。我が見届けてやる」と仰った。
さすがの私も「え」と軽く動揺したが、主の命なら致し方無い。
私は「3番」と女を呼んだ。3番は静かにそばに来た。その顔には感情も何もない。
そばに来られて気がついたが、女は私よりだいぶ小さい。私が軽く見下ろさなければいけない。
しかし、呼んだはいいものの1つ問題があった。
「すみません。私、そういう行為を行なった事がないのですよ」
小さな声で女にそう告げると、女は「では、私にお任せください」と私の方に顔を上げ、無感情な目で義務的に言った。
後の事は、今思えばだいぶ恥ずかしい。
女に押し倒され、舐められ、吸われ、含まれ、揉まれ、あられもない声を出してしまっては、主に「お前、そんな顔をするのか。そんな声を出せるのか」と爆笑され。
更に女に義務的に上に乗られ、義務的に腰を振られ、義務的に搾られた。
その後の私は、初めての経験にだいぶ衝撃を受けたのか処刑どころではなく、震えて斧も握れず、何だかわからないがべそべそ泣いてしまった。
それを見かねた笑い収まらない主に「じゃあ、まとめて火刑で良しとする」と許しを得て、3番を抜かした女達を全員火刑に処した。
女……3番は、断末魔と共に燃えていく女達を相変わらずの無表情で、じっと見ていた。
3番の股からは、私が垂れていた。
3番は、私の家に配置された。
勝手に家を掃除され、勝手に飯を作られ、勝手に衣服を洗われた。
何故そんな事をするのか、と訊いたら「それが“嫁”ですよ?」と訝しまれた。
何をして処される事になっていたのか、何故あんな滑らかな性行為が出来たのかと訊いたが「飯に梅干し使うぞ」と脅されたので、これ以上何も聞けなかった。
梅干し、酸っぱいから嫌い。
気がつけば、女児が産まれていた。
女子の処刑人はどうなのだろうか、アリなのだろうか、と嫁に訊いたら「では今度は男子を」と上に乗られかけたので慌てて逃げる。
嫁は不敵に笑った。
気がつけば、私の主は新しい者に変わっていた。元の主の息子だった。
元の主は、自らの息子に消されたらしかった。
多少は悲しんだが、ここ最近の私は嫁と娘の事でどうにも頭がいっぱいだった。家に帰るのが楽しかった。
ある日、新しい主と顔を合わせた。小柄で、まだ若く見えた。
前の主の面影は多少あったが、それよりかはだいぶ柔和な印象を受けた。
「お前の事は知っているぞ」と、にこやかに仰られた。
「可哀想だな」と仰られた。
「当時の事は我も見ていたぞ。何の感慨もない女と無理矢理付き合わされていたな」と仰られた。
「好いてもいない女ともう一緒にいなくてもよいぞ」と仰った。
「女は……もう死んだ頃か。長い間すまなかったのぅ。死体もこちらが回収しておく。これからは自由に生きよ」と仰った。
慌てて家に帰って嫁と娘の名を呼ぶと、押し入れから娘が泣きじゃくりながら出てきた。
嫁の姿は、見当たらなかった。
宮殿に戻り、新しい主の胸ぐらを乱暴に掴んで嫁の居場所を聞こうとしたところで、主の側にいた“首のない異形の男”に頭を握られ、そのまま床に叩きつけられた。
後は、思い出したくない。
それでやっと、自分の主が、国が、異常な事に気がついた。
遅すぎた。
******************
「私もお父様みたく……書館でなら、いいお相手と出会えるでしょうか?」
大きく成長した娘がテーブルに肘をついてため息をつく。私は苦笑する。
娘には「お母さんとは書館で同じ本を取ろうとして手と手がぶつかったのがきっかけで出会った」という事にしている。
新しい国の、新しい主から「コレ、この本メッチャときめくよ!」と貸せられた小説の一端をそのまま流用した。本当の事は、言えなかった。
昔の事を思い出して、全身を覆うスーツ内が汗で多少蒸れる。しかし、まだ許容範囲内の“蒸れ”だった。
仮面についている穴から、コップのストローを通してカフェオレを吸う。
舌の表面が焼きただれていて味がよくわからないが、そこはかとなく幸せな味だとは感じた。
私は作業の手を止め、体ごと主の方に向いて跪いてから「いいえ、おりませぬ」と答えた。
主は座椅子にゆったり座っていた姿勢を若干正し「いないといずれ困るのぅ。処刑人はたくさんほしい」と、私に向かって微笑む。
何の事を言っているのか一瞬わからなかったが、少し考えて「あぁ。嫁がいない、すなわち子供がいない……という事か。それを嘆いてくださっているのか」と、ぼんやり思い至る。
主は私の後方に視線を飛ばしながら「お主、その中から好みの女を選んで嫁にしろ」と仰った。
主が扇子で指し示したその先には、壁を背に横一列に並ぶ粗末な衣服を着た女衆。弱者である女達は強者である主に指し示され、条件反射で身を縮こませた。
私はきょとんとした。しかし、主よ。この女達は……。
「どうせ死ぬ身の者ら。何なら、好きな者を選ぶがよい」
女達は、これから私に処刑される女達だった。
何をやらかして処される女達なのか私には知る由もない。知る由もないが、主が命じるのなら私は何でもやるし誰でも処刑する。
主が「選べ」と仰るのなら、私は選ぶ。
「この者に嫁として選ばれた者は、この先の人生も生きてよいぞ」
話を聞いていた女達は、私と目を合わせないようにする者、生きたくて私に媚びた目をする者、無反応な者と、それぞれ反応が異なっていた。
私は、無表情のまま“それ”を選んでいた。主から「嫁を選べ」と言われて、特に嬉しくも楽しくも興奮も何もなかった。
女達を無感情のまま一瞥する中で、ふと1人の女が目に止まった。
多分、見目麗しいわけではないと思うただの細い女だった。しかし、どうにも気になった。
女は、私の事を無表情にじっと見つめていた。私も無表情に女を見つめた。
これから先の人生、一緒にいて疲れなさそうだな、と思った。嫁を彼女に決めた。選ばれなかった他の女達が、嘆いたり舌打ちをした。
私は「3番」と女を呼んだ。それを受けた3番は会釈した。私は主の方に向き直り「3番にします」とお伝えした。
主は「ほぅ」と応えると、すぐさま「では、早いにこしたことはないだろう。すぐに子作りせよ。我が見届けてやる」と仰った。
さすがの私も「え」と軽く動揺したが、主の命なら致し方無い。
私は「3番」と女を呼んだ。3番は静かにそばに来た。その顔には感情も何もない。
そばに来られて気がついたが、女は私よりだいぶ小さい。私が軽く見下ろさなければいけない。
しかし、呼んだはいいものの1つ問題があった。
「すみません。私、そういう行為を行なった事がないのですよ」
小さな声で女にそう告げると、女は「では、私にお任せください」と私の方に顔を上げ、無感情な目で義務的に言った。
後の事は、今思えばだいぶ恥ずかしい。
女に押し倒され、舐められ、吸われ、含まれ、揉まれ、あられもない声を出してしまっては、主に「お前、そんな顔をするのか。そんな声を出せるのか」と爆笑され。
更に女に義務的に上に乗られ、義務的に腰を振られ、義務的に搾られた。
その後の私は、初めての経験にだいぶ衝撃を受けたのか処刑どころではなく、震えて斧も握れず、何だかわからないがべそべそ泣いてしまった。
それを見かねた笑い収まらない主に「じゃあ、まとめて火刑で良しとする」と許しを得て、3番を抜かした女達を全員火刑に処した。
女……3番は、断末魔と共に燃えていく女達を相変わらずの無表情で、じっと見ていた。
3番の股からは、私が垂れていた。
3番は、私の家に配置された。
勝手に家を掃除され、勝手に飯を作られ、勝手に衣服を洗われた。
何故そんな事をするのか、と訊いたら「それが“嫁”ですよ?」と訝しまれた。
何をして処される事になっていたのか、何故あんな滑らかな性行為が出来たのかと訊いたが「飯に梅干し使うぞ」と脅されたので、これ以上何も聞けなかった。
梅干し、酸っぱいから嫌い。
気がつけば、女児が産まれていた。
女子の処刑人はどうなのだろうか、アリなのだろうか、と嫁に訊いたら「では今度は男子を」と上に乗られかけたので慌てて逃げる。
嫁は不敵に笑った。
気がつけば、私の主は新しい者に変わっていた。元の主の息子だった。
元の主は、自らの息子に消されたらしかった。
多少は悲しんだが、ここ最近の私は嫁と娘の事でどうにも頭がいっぱいだった。家に帰るのが楽しかった。
ある日、新しい主と顔を合わせた。小柄で、まだ若く見えた。
前の主の面影は多少あったが、それよりかはだいぶ柔和な印象を受けた。
「お前の事は知っているぞ」と、にこやかに仰られた。
「可哀想だな」と仰られた。
「当時の事は我も見ていたぞ。何の感慨もない女と無理矢理付き合わされていたな」と仰られた。
「好いてもいない女ともう一緒にいなくてもよいぞ」と仰った。
「女は……もう死んだ頃か。長い間すまなかったのぅ。死体もこちらが回収しておく。これからは自由に生きよ」と仰った。
慌てて家に帰って嫁と娘の名を呼ぶと、押し入れから娘が泣きじゃくりながら出てきた。
嫁の姿は、見当たらなかった。
宮殿に戻り、新しい主の胸ぐらを乱暴に掴んで嫁の居場所を聞こうとしたところで、主の側にいた“首のない異形の男”に頭を握られ、そのまま床に叩きつけられた。
後は、思い出したくない。
それでやっと、自分の主が、国が、異常な事に気がついた。
遅すぎた。
******************
「私もお父様みたく……書館でなら、いいお相手と出会えるでしょうか?」
大きく成長した娘がテーブルに肘をついてため息をつく。私は苦笑する。
娘には「お母さんとは書館で同じ本を取ろうとして手と手がぶつかったのがきっかけで出会った」という事にしている。
新しい国の、新しい主から「コレ、この本メッチャときめくよ!」と貸せられた小説の一端をそのまま流用した。本当の事は、言えなかった。
昔の事を思い出して、全身を覆うスーツ内が汗で多少蒸れる。しかし、まだ許容範囲内の“蒸れ”だった。
仮面についている穴から、コップのストローを通してカフェオレを吸う。
舌の表面が焼きただれていて味がよくわからないが、そこはかとなく幸せな味だとは感じた。