第2話
文字数 2,197文字
教室のドアを開けると、友人と昼食をとっていた青戸くんがチラッとこちらを見た。でもすぐにシレッとした顔でお弁当に箸を伸ばす。
私も何も言わない。
青戸くんに、嘘について言及したことはない。
ポーっとした彼のことだから、勘違いしているのかなと思い、1度目の嘘では何も言わなかった。
2度目ので「ん?」と思い、3度目でそれらが嘘だと確信したが、文句を言う勇気も私にはなかった。
何より、私は青戸くんに惹かれていた。下手なことを言って彼に嫌われたくなかったのだ。
初めて青戸くんを見たのは入学式。
中学校で見たどの男子とも違う。独特な雰囲気だった。
背は高いが、白くて、簡単に折れてしまいそうなぺらぺらの身体。目にかかる黒い前髪。
パッと目を惹かれた。
2年になった今年の春、クラス分けで青戸くんの名前を見つけたときは、嬉しかった。
「おかえり、どこ行ってたの?」
自分の席の後ろに座る佳奈が私の席をスッと引いた。
「職員室。ちょっと山田先生に用事あって」
「ふーん」
と佳奈は振り返って、教室後方の青戸くんをチラッと伺った。
「また青戸の嘘か」
「なんでわかったの?」
「わかるよ。さっきなんか言われてたの見たし。何回目?」
「4回目。私嫌われてるのかなあ」
「なんなんだろうねあいつ。私がバシッと文句言ってやろうか?」
冗談混じり、笑いながら佳奈が言った。なんとなくだが、佳奈は私の気持ちを察しているように思えた。
「次はもう信じない。さ、ご飯食べよ」
私は机にお弁当を広げる。
卵焼きを口に放り込み、顔をあげると、佳奈の背後にいる青戸くんが視界の端をチラつく。
私は半ば無意識的に青戸くんを目で追ってしまう。
友達と楽しそうに話している。ここからは会話は聴き取れないけど、大方ゲームの話だ。
青戸くんは変わった人だ。
ちゃんと話したことはないけれど、青戸くんのことはよく知っている。
青戸しの。
趣味はゲーム、音楽、読書。部活は空手。強いらしいが部活にはあまり出ない。
のんびりしているように見えるが、サラッと言ったことが、未来でも見てきたんじゃないかって思うくらい、結果的に功を奏すことが多い。
文化祭の出し物を決めるときも、まずは流行りのドラマに倣った男女逆転カフェが提案された。
が青戸くんの
「被りそうじゃないですか。僕は古本市がいいと思います」
の一言で古本市をすることになった。
結果2年は10クラス中7クラスがカフェ。そのうち4クラスが男女逆転カフェだった。
古本市は大成功した。
クラス会でボーリングに行くときも、
青戸くんが「あそこの機械ちょっと古いから、隣の駅のとこにしましょうよ」
と言って、最寄り駅のボーリング場でなく、少し遠いがその通りにした。
当日、最寄り駅のボーリング場は機械トラブルで臨時休業をしていた。
青戸くんはちょっと変だが、みんな一目置いていた。
視線の先では、少し気だるげに、青戸くんが私と同じように玉子焼きを口に入れている。
「ねえ聞いてる?」
佳奈の言葉でハッと我に帰った。
「ごめんごめん。なんて?」
「通り魔のニュース見た?って聞いたの」
「通り魔?」
「さっきのネットニュースに載ってた。朝、通り魔が出たんだって。中学生が登校中に襲われたらしいよ。しかもこの近所。怖くない?」
「怖いね。まだ捕まらないの?」
そう生返事しつつ、やはり視界の端に青戸くんがちらついた。
「あんたねえ」
と佳奈が小さな声で、怒りを押し殺すように言った。私の生返事がバレたようだ。
「森川さんが、興味あるのは青戸くんだけですものね」
とニヤッと嫌味ったらしく笑いながら、青戸くんの方をチラッと見た。
「ちょっと、やめてよ」
私も小声で反撃する。
「だって全然話聞いてくれないじゃない」
「聞いてるよ」
「聞いてないんだよなあ」
私が反論する前に、教室の外を見て
「あ」と佳奈が言った。
そちらを見ると、教室の外から中を見る男子と目があった。
「秋山くん」
去年クラスが同じだったから顔を見ればすぐに名前が出てきた。
「誰か探してるのかな?」
「ここ数日よく来るんだよねあいつ」
「そうなの?初めて見た」
「そりゃ見てないでしょ。いつも昼休みの頭にくるもん。ちょうどここ数日青戸くんに嘘つかれて結衣が教室にいない時間。今日も来てたよ」
「ふーん、何してるんだろうね」
「うーん」
佳奈は少し考える素ぶりを見せて、ニヤッと笑ってから
「好きな子でもいるんじゃない?」
と言った。
「また適当なこと言って」
「でも秋山が告白するどうのこうのって噂は昨日聞いた」
佳奈がしたり顔で言う。
「ほんとに?秋山くんがかあ、誰だろう」
「さっさと告白すればいいのよ。どうせ断られないし」
「うん、まあ秋山くんならそうだろうね」
秋山くんはいわば、カースト上位に位置する、人気者だった。
サッカー部のエースで、明るくて面白い。
少し日に焼けた肌、筋肉質な身体、高い鼻に、切れ長の目は2枚目といっていい容姿だった。
秋山くんは何かをごまかすように、教室内をきょろきょろと見回してから、すぐにどこかへ行ってしまった。
私も何も言わない。
青戸くんに、嘘について言及したことはない。
ポーっとした彼のことだから、勘違いしているのかなと思い、1度目の嘘では何も言わなかった。
2度目ので「ん?」と思い、3度目でそれらが嘘だと確信したが、文句を言う勇気も私にはなかった。
何より、私は青戸くんに惹かれていた。下手なことを言って彼に嫌われたくなかったのだ。
初めて青戸くんを見たのは入学式。
中学校で見たどの男子とも違う。独特な雰囲気だった。
背は高いが、白くて、簡単に折れてしまいそうなぺらぺらの身体。目にかかる黒い前髪。
パッと目を惹かれた。
2年になった今年の春、クラス分けで青戸くんの名前を見つけたときは、嬉しかった。
「おかえり、どこ行ってたの?」
自分の席の後ろに座る佳奈が私の席をスッと引いた。
「職員室。ちょっと山田先生に用事あって」
「ふーん」
と佳奈は振り返って、教室後方の青戸くんをチラッと伺った。
「また青戸の嘘か」
「なんでわかったの?」
「わかるよ。さっきなんか言われてたの見たし。何回目?」
「4回目。私嫌われてるのかなあ」
「なんなんだろうねあいつ。私がバシッと文句言ってやろうか?」
冗談混じり、笑いながら佳奈が言った。なんとなくだが、佳奈は私の気持ちを察しているように思えた。
「次はもう信じない。さ、ご飯食べよ」
私は机にお弁当を広げる。
卵焼きを口に放り込み、顔をあげると、佳奈の背後にいる青戸くんが視界の端をチラつく。
私は半ば無意識的に青戸くんを目で追ってしまう。
友達と楽しそうに話している。ここからは会話は聴き取れないけど、大方ゲームの話だ。
青戸くんは変わった人だ。
ちゃんと話したことはないけれど、青戸くんのことはよく知っている。
青戸しの。
趣味はゲーム、音楽、読書。部活は空手。強いらしいが部活にはあまり出ない。
のんびりしているように見えるが、サラッと言ったことが、未来でも見てきたんじゃないかって思うくらい、結果的に功を奏すことが多い。
文化祭の出し物を決めるときも、まずは流行りのドラマに倣った男女逆転カフェが提案された。
が青戸くんの
「被りそうじゃないですか。僕は古本市がいいと思います」
の一言で古本市をすることになった。
結果2年は10クラス中7クラスがカフェ。そのうち4クラスが男女逆転カフェだった。
古本市は大成功した。
クラス会でボーリングに行くときも、
青戸くんが「あそこの機械ちょっと古いから、隣の駅のとこにしましょうよ」
と言って、最寄り駅のボーリング場でなく、少し遠いがその通りにした。
当日、最寄り駅のボーリング場は機械トラブルで臨時休業をしていた。
青戸くんはちょっと変だが、みんな一目置いていた。
視線の先では、少し気だるげに、青戸くんが私と同じように玉子焼きを口に入れている。
「ねえ聞いてる?」
佳奈の言葉でハッと我に帰った。
「ごめんごめん。なんて?」
「通り魔のニュース見た?って聞いたの」
「通り魔?」
「さっきのネットニュースに載ってた。朝、通り魔が出たんだって。中学生が登校中に襲われたらしいよ。しかもこの近所。怖くない?」
「怖いね。まだ捕まらないの?」
そう生返事しつつ、やはり視界の端に青戸くんがちらついた。
「あんたねえ」
と佳奈が小さな声で、怒りを押し殺すように言った。私の生返事がバレたようだ。
「森川さんが、興味あるのは青戸くんだけですものね」
とニヤッと嫌味ったらしく笑いながら、青戸くんの方をチラッと見た。
「ちょっと、やめてよ」
私も小声で反撃する。
「だって全然話聞いてくれないじゃない」
「聞いてるよ」
「聞いてないんだよなあ」
私が反論する前に、教室の外を見て
「あ」と佳奈が言った。
そちらを見ると、教室の外から中を見る男子と目があった。
「秋山くん」
去年クラスが同じだったから顔を見ればすぐに名前が出てきた。
「誰か探してるのかな?」
「ここ数日よく来るんだよねあいつ」
「そうなの?初めて見た」
「そりゃ見てないでしょ。いつも昼休みの頭にくるもん。ちょうどここ数日青戸くんに嘘つかれて結衣が教室にいない時間。今日も来てたよ」
「ふーん、何してるんだろうね」
「うーん」
佳奈は少し考える素ぶりを見せて、ニヤッと笑ってから
「好きな子でもいるんじゃない?」
と言った。
「また適当なこと言って」
「でも秋山が告白するどうのこうのって噂は昨日聞いた」
佳奈がしたり顔で言う。
「ほんとに?秋山くんがかあ、誰だろう」
「さっさと告白すればいいのよ。どうせ断られないし」
「うん、まあ秋山くんならそうだろうね」
秋山くんはいわば、カースト上位に位置する、人気者だった。
サッカー部のエースで、明るくて面白い。
少し日に焼けた肌、筋肉質な身体、高い鼻に、切れ長の目は2枚目といっていい容姿だった。
秋山くんは何かをごまかすように、教室内をきょろきょろと見回してから、すぐにどこかへ行ってしまった。