第4話

文字数 1,275文字

私はその場にへたり込んでしまう。

腰が抜けて立てない。

しりもちをついたまま、後ずさりするのが関の山だ。

男は私の顔を見つめながら、少しずつ開いた距離を詰める。

私の目の前まで来ると、男はナイフを振り上げた。

もうだめだ。反射的に私は目を瞑った。

でも、数秒たってもナイフが刺さる感触はない。

目を開けると青戸くんがいた。

男がナイフを持つ右手首を掴んでいる。

青戸くんは左手で勢いよくナイフを叩きおとした。

男はナイフを拾う素ぶりもなく、一目散に逃げて行った。

少し乱れた息を整えるように、青戸くんは肩を揺らしながら男の背中を見送り、小さく息をついてから私の方を振り返った。

「裏門から帰りなっていったじゃん」

そう言いながら、青戸くんは座り込んだ私に右手を差し伸べる。私は彼の手を掴み、立ち上がる。青戸くんの手は案外大きかった。

「また嘘だと思ったの」

そう私は言い訳した。

「まあ、そうだよね」

青戸くんは納得した。

「これ、森川さんだから言うけど」と前置きしてさらに続けた。

「俺、ちょっとだけ未来が見えるんだ」

「え?」

まさか、と思うが、思い当たる節はあった。

「信じなくてもいいよ」

青戸くんは唇を尖らせた。

「私がこの道で通り魔に襲われる未来が見えたってこと?」

「そう、で心配になって後つけてた」

空いた口は塞がらなかった。とても信じられないが、確かにそれで説明はつく。

「山田先生に呼ばれたとか、誰に呼ばれてもなのに呼ばれたって嘘はなんで?」

青戸くんはすこし逡巡してから

「秋山って知ってる?」と言った。

「2組の秋山くん?知ってるよ。最近よく教室に来るらしいね」

昼休みのことを思い出した。

「あいつが昼休み、森川さんに告白する未来が見えたんだ」

「へ?」

私に?と心のなかで聞き返した。

「未来では昼休み頭に秋山が森川さん呼びに来てたから、その時間に森川さんが教室にいなきゃ告白もされないだろうなって」

青戸くんは、少し間をおいて

「嘘ついてごめんね」

と言った。

ずいぶん突拍子もない話ではあるが、一応は納得した。

「私こそ、信じなくてごめん。でもこっちの道で帰ってよかった」

「なんで?」

「青戸くんがなんで嘘ついてたのかわかったから」

青戸くんは少し笑って

「嫌がらせだと思ってた?」と聞いた。

「ちょっとね」

「だよね。ほんとごめん」

「いいの。ねえ、それよりさ、未来ってどうやったら見えるの?」

「ああ、こうやって目をつぶって集中すれば、たまに見えるんだ」

青戸くんはそう言って、目を瞑り、眉間を指でつまんだ。

何か見えたのか、「あ」と声を上げ、目を開けた。

「俺と森川さんが一緒に帰ってる未来見えた」

青戸くんは大きな目を細めて、優しそうに笑った。

私たちの足元には、2人の長い長い影ができている。

さあ、どの道を通れば遠回りできるだろう。

青戸くんが歩き出すのに合わせて、私はゆっくりと歩きはじめた。
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