第3話

文字数 829文字

「ね、この問題教えて」

さやかが肩をたたいた。

「えっと、これは樹形図だと簡単だよ」

「簡単じゃないから聞いているんじゃん」

「そっか。ここに書いていい?」

綾音はすらすらとペンを走らせて説明した。

「さすが綾音、わかりやすい。お礼に、これ聞かせてあげる」

さやかはいきなり綾音の耳にイヤホンを入れてきた。
軽快なポップで、ふだん音楽を聞かない綾音も気分が上がる。さやかが口ずさむと、綾音も音楽に任せて揺れた。
綾音はイヤホンをそっと外し、さやかの歌に聞き入った。


中学3年の秋だった。

「綾音、今日はすごいひつじ雲だね」

「うん、羊が何万匹もいるね。っていうか、さやかが雲の名前いうの初めてじゃない?」

「へへ。じゃーん。雲の図鑑、読んでるんだ」

さやかは照れたように本を見せた。

「おもしろそう。見せて、見せて」

ページを開くとたくさんの雲の写真が載っている。

「こんな本あるんだね」

「綾音はこういうので雲の名前覚えたんじゃないの?」

「そういえば、小さい頃、そんな本を見てたかも」

母が亡くなって空ばかり見上げるようになった綾音に、父が空の写真がたくさん入った本を買ってきてくれたのを思い出した。ひらがながやっと読めるようになった綾音は一生懸命に文字を読んだ。

「さやかは大人になったら何の職業に就きたいの?」

綾音はさやかの隣に寝転んで空を眺めた。

「うーん、漠然とだけど音楽系かな。ライブとか企画してみたい」

「行ってみたい」

「いいでしょ。綾音はやっぱり絵なの?」

「わかんない。絵は好きだけど、幅がないし」

「綾音にとって雲って何なんだろうね」

さやかの言葉が綾音の胸にチクリと刺さった。自分ではわかっていた。気づかないふりをしていることも。

「ね、喉乾いた。ちょっとファミレス行って一緒に宿題しない?」



綾音は、さやかとは違う高校に進んだ。
高校では表面的な友だちしかできなかった。高校の友達と友達ごっこをしているより、さやかといる方が楽しかった。高校が違ってもさやかとは頻繁に連絡を取り合っていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み