第1話
文字数 1,064文字
「へぇー、絵描いてるんだ。綾音(あやね)ちゃんだよね?」
多摩川の土手に座って絵を描いていると、制服姿の女子が絵を覗き込んできた。
「あ、同じクラスの、えっと」
「私、さやか。よろしくね」
さやかは笑うと右の頬にえくぼができた。
「私、雲が好きなの。雲の端っこのふわふわしたところが隣の雲に流れていったり、形が変わったりして見ていて飽きない」
さやかは制服のまま草の上で寝転んだ。
「え、さやかちゃん、汚れるよ」
「いいの、いいの。綾音も寝転んでみなよ。気持ちいいよ」
「女子のグループでもいるよね。こっちのグループとあっちのグループに入ってて、お弁当の時とか来ると思ったら向こうに行ってたり。向こうでも楽しそうだし、いいなぁと、思う。」
「そっかなぁ。」
「情報流してくれる女スパイっぽくてかっこよくない? 特に高校の情報とかね。あの高校はイケメン多いよとか、カフェテリアがあって美味しいとか」
「そんな高校あるんだね。早く高校生になりたいな」
友だちのいなかった私には、さやかは新鮮な存在だった。
一緒にいて心地よかった。いつも一緒にいないといけないでもなく、感じたことをお互い話し、楽しいときには一緒に笑い、悲しいときに背中をさすってくれた。友だちってさやかみたいな子のことを言うんだと初めて思った。
次の日からさやかはときどき私の隣にやってきては、宿題をやったり、今日あったことを話したりした。
「今日の宿題六十ページだよね」
「うん」
「綾音、絵うまいよね。美術部は入ればいいのに」
「私、雲の絵以外は描きたくないの。今日は静物画の練習で、リンゴかきましょうと言われても無理だから」
「知ってる。でもさ、綾音って、毎日絵ばっか描いてるのに成績いいし、天は二物を与えてるよね」
「それは違う。私はお母さんを亡くしてる、大きすぎる代償だよ」
母は綾音が小さい時に亡くなった。人見知りの綾音が幼稚園でようやく友だちができたころだった。母の顔は写真でしか思い出せないが、声だけは覚えていた。低くて、柔らかい声だった。
母の墓はない。母の希望で散骨したと父から聞いた。
「あやちゃん、お母さんがいなくなったら、空を見上げてね。お空からお母さん、あやちゃんのこと、いつも見ているからね」
「お空から、あやねのこと見てるの?」
お母さんは細い腕を伸ばして窓の外を指差した。
病室から見た空には雲ひとつ浮かんでいなかった。
散骨した次の日。空を見上げるとわたあめのように甘そうな雲が浮かんでいた。
私はベランダから手を伸ばし、母がわたあめを届けてくれたと思って父に取ってくれとせがんだそうだ。
多摩川の土手に座って絵を描いていると、制服姿の女子が絵を覗き込んできた。
「あ、同じクラスの、えっと」
「私、さやか。よろしくね」
さやかは笑うと右の頬にえくぼができた。
「私、雲が好きなの。雲の端っこのふわふわしたところが隣の雲に流れていったり、形が変わったりして見ていて飽きない」
さやかは制服のまま草の上で寝転んだ。
「え、さやかちゃん、汚れるよ」
「いいの、いいの。綾音も寝転んでみなよ。気持ちいいよ」
「女子のグループでもいるよね。こっちのグループとあっちのグループに入ってて、お弁当の時とか来ると思ったら向こうに行ってたり。向こうでも楽しそうだし、いいなぁと、思う。」
「そっかなぁ。」
「情報流してくれる女スパイっぽくてかっこよくない? 特に高校の情報とかね。あの高校はイケメン多いよとか、カフェテリアがあって美味しいとか」
「そんな高校あるんだね。早く高校生になりたいな」
友だちのいなかった私には、さやかは新鮮な存在だった。
一緒にいて心地よかった。いつも一緒にいないといけないでもなく、感じたことをお互い話し、楽しいときには一緒に笑い、悲しいときに背中をさすってくれた。友だちってさやかみたいな子のことを言うんだと初めて思った。
次の日からさやかはときどき私の隣にやってきては、宿題をやったり、今日あったことを話したりした。
「今日の宿題六十ページだよね」
「うん」
「綾音、絵うまいよね。美術部は入ればいいのに」
「私、雲の絵以外は描きたくないの。今日は静物画の練習で、リンゴかきましょうと言われても無理だから」
「知ってる。でもさ、綾音って、毎日絵ばっか描いてるのに成績いいし、天は二物を与えてるよね」
「それは違う。私はお母さんを亡くしてる、大きすぎる代償だよ」
母は綾音が小さい時に亡くなった。人見知りの綾音が幼稚園でようやく友だちができたころだった。母の顔は写真でしか思い出せないが、声だけは覚えていた。低くて、柔らかい声だった。
母の墓はない。母の希望で散骨したと父から聞いた。
「あやちゃん、お母さんがいなくなったら、空を見上げてね。お空からお母さん、あやちゃんのこと、いつも見ているからね」
「お空から、あやねのこと見てるの?」
お母さんは細い腕を伸ばして窓の外を指差した。
病室から見た空には雲ひとつ浮かんでいなかった。
散骨した次の日。空を見上げるとわたあめのように甘そうな雲が浮かんでいた。
私はベランダから手を伸ばし、母がわたあめを届けてくれたと思って父に取ってくれとせがんだそうだ。