第2話

文字数 608文字

幼稚園の友だちさよならも言えないまま、綾音は家の近くの保育園に通うことになった。

父の帰りはいつも遅い。他の友だちは、お母さんが、時にはお父さんのこともあったが、日の暮れないうちから次々と迎えにきて帰っていく。

綾音の迎えはいつも最後だった。

真っ暗な中、父と手を繋いで帰った。何かを話しながら歩いたのか、無言だったのか覚えていない。ただ、ふかふかした父の手が好きだった。

ある日、「みんなと同じように私もお母さんが欲しい」と言うと、父から笑顔が消えた。言ってはいけないことを言ってしまったと子どもながらに気づいた。

父の笑顔が見たくて、できることは自分でした。

5歳の綾音は踏み台に乗って、母がしていたように腕まくりをして皿を洗い、ご飯を炊いて、味噌汁を作る。味が薄い日も濃い日もあったが、父は何も言わない。

ある日、綾音が食器を拭いているときに皿を落として割ってしまった。

「もうやらなくていい」

父は初めて大きな声を出して、綾音の頭を叩いた。なぜか一筋の涙が父の頬を伝っていたのを覚えている。

そのまま綾音は布団にもぐって、泣きながら寝てしまった。

真っ暗な部屋でふと目が覚めて、いつも隣にいるはずの父がいないことが寂しかった。
暗がりに目が慣れてきた頃、襖がそっと開いて父が入ってきた。綾音はとっさに寝たふりをした。

「あやね、ごめんな。もう寝てるから聞こえてないよな」

頭を撫でてくれた父の手はごつごつとして痩せていたが、温かかった。
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