第1話

文字数 2,153文字

 時は300X年。世界中を巻き込んだ核戦争により、人類は滅亡の危機に扮していた。
 機能しなくなった政府は存在意義を失くし、荒廃しきった世界の中で僅かに残るオアシスを求め、荒くれ共たちの紛争が後を絶たない。
 東北ゲンシロウ。彼は古来より伝わる『東北東真拳』の伝承者であった。いつしか人は彼の事を『東北東のゲン』と呼んだ……かどうかは知らないが。
 ゲンの胸には五つの傷があった。伝説の救世主に憧れて北斗七星を型取り、ナイフで自分の胸を切りつけたのだ。最初は七つの予定であったが、あまりの激痛に耐え切れず残りの二つは断念せざるを得なかった。しかも鏡を見ながらだったから、本人とは違い逆向きになっている。これでは意味が無いのであったが、ゲンはそれを幻の東北東座だと架空の星座をでっちあげては、それを誤魔化していた。

 ゲンの行くところ、争いが絶えない地帯ばかりであった。この日も食料を求めて訪れた、一見ゴーストタウンにしか見えない荒野の中の小さな村『カスンドラ』。そこはまだ心優しき人たちが暮らす平和な集落であった。
 旅の疲労がピークに達し、空腹を抱えて倒れ込むゲンの前に一人の少女が現れた。彼女はゲンの前で立ち止まり、顔を向けた。何だか怯えているように見える。当然だ、見知らぬ男が行き倒れになっているのだから。それでもたまらず喉の渇きを訴えると、少女は震えながら、腰にぶら下げている水筒を差し出した。
「す、すまない」水筒の水を飲み干したゲンは少女の美貌もさることながら、健気な優しさに心を奪われてしまう。
 名前を訊くと少女は凛子と名乗った。年齢は十八。聞くところによると彼女はみなしごで、このカスンドラ村の村長を務める親戚の叔父のところで、家事を手伝いながら暮らしているのだという。奇妙な事に何故か凛子はゲンと目を合わせようとしない。挙動がおかしいので不思議に思い尋ねてみれば、なんと彼女は盲目だという。
 ゲンはお礼とばかりにひと撫でしようと頭に触った。
「何するのよ、このスケベ野郎!」
 まさかの暴言にゲンはたじたじ。
「すまん。悪気はないんだ」
「だからって私の目が見えないことをいいことに、よからぬことを考えていたんじゃないの? 勝手に触らないでくれる? 変態!!」
 清楚な見た目とは裏腹に口の悪い少女であった。
 そこに筋肉質の男が現れた。鋭い目つきのその男は、厳めしい顔つきで釘の刺さった棍棒を肩に担いでいる。二人に顔を向けながら睨みを利かせると、ドスの利いた声を張り上げた。
「おい、食料をよこしな! ゴールドでもいいぜ。さもなくば命がいくつあっても足りんぞ!」
 今にも襲い掛からんとする勢いで、男は凄んでみせた。
 立ち上がったゲンは男の左腕をひょいと掴み、静脈のある部分を人差し指で押さえ付けた。
「うおちゃ!」
 唖然とする男。ゲンは男の手を放して涼しい顔で彼を睨み返した。
「何しやがる」
 微笑を浮かべ、舌なめずりをするゲンはこう言い放った。
「お前の裏秘孔を突いた。お前はたぶん、死んでいる!」
 言葉を受けた男は、蒼ざめた顔となり全身をまさぐった。かつて似たような救世主がいたことを男は知っていたからである。
「何ともないぞ」
 男は平然とした顔になり、ゲンに詰め寄った。
「体が熱くなってきただろう? 次第に沸騰して二十四時間以内にお前は死ぬ!」
 すると本当に体温が上がるのを感じた男は、必死の形相で逃げ去っていった。
「ぎゃあああ!」
 後に残されたゲンと凛子。彼女は何が起きたのか理解できずに、ゲンに感謝を述べるのだった。
「あ、ありがとうございます。お陰で助かりました。さっきはド変態のむっつりスケベ野郎なんて言ってしまって、申し訳ございませんでした」
「本音はともかく、さっきはそこまで言ってなかっただろう? いずれにせよ、誤解が解けて良かった」
「でも今のは本当ですか? 裏秘孔を突いたとか、二十四時間以内に死ぬとか」
「ああ、俺はこう見えても『東北東真拳』の使い手だからね」
 なんてことはない。東北東真拳とはマッサージにおけるアンマの手法。血行の良くなるツボを押して、ただハッタリをかましたまでであった。
 その後、こけ脅しに怯える男の後をつけ、夜に紛れて闇討ちをしたのである。残った人たちは、彼が恐怖に駆られて自殺したと思うだろう。警察なんぞ存在しないから、血の付いた武器さえ転がしておけば誰も殺されたとは思うまい。まさにゲンの思う壺である。ツボだけに。

 聞けばさっきの男はおそらく最近この集落を狙う、ラオウと呼ばれるボス率いる極悪集団『KONG』の手先なのだという。この村の住人はKONGにいつ襲われるか怯えながら暮らしているらしい。凛子はゲンの手を握り必死の構えで懇願した。
「ゲン。お願いします。私たちを助けてください」
 その手を振り払い、ゲンはその申し出を断った。
「助けてあげたいのは山々だが、俺は放浪の旅の途中だ。先を急がねばならない」実際は目的のないただの乞食。全く急ぐ必要は無いのだった。
「そこを何とか」
 だが首を縦に振る訳にはいかない。イカサマしているのがバレる前に何とか立ち去りたかったのだ。
 しかし、いたいけな少女である凛子を見過ごすわけにもいかない。惚れた弱みもあり思案に暮れるゲンであった……。
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