第3話 完結

文字数 3,495文字

 それから数日が経ち、そろそろ凛子と祝言を挙げてカスンドラの村を去ろうと思っていた矢先の事であった。
 ゲンの名を叫ぶ野太い男たちの声が響いてきたかと思うと、遂にKONGのボスである『ラオウ』が現れたのである。殺気立つラオウは軍隊さながらの百人を越す手下どもを従えて、ポニーにまたがりやって来た。なんとラオウは全身裸である。
 騒然とする村人たち。ゲンも思わず身震いしながら、どうやって逃げ出そうかと考えていた。凛子を見ると顔を真っ赤に染めながら視線を地面に向けている。
 ラオウはゲンの前で止まると、ポニーから颯爽と飛び降りた。彼の身長はゲンの胸元辺りで意外と小柄であったが、仁王立ちの堂々としたその姿はボスとしての貫禄がある。だが、一糸まとわぬその姿に目を逸らさずにはいられない。これがテレビであるならば、股間の部分にモザイクが掛けられるに違いない。ラオウとは“裸王”の事だったのかと納得がいった。
「ゲンシロウという男はお前か。なるほど、噂通り鋭い目つきをしている。だが、俺もラオウと呼ばれた男だ。貴様のような手品師には負ける自信がない。どうだ。この俺様とサシで勝負しないか?」
 まさかの提案に体の震えが止まらない。しまった。凛子にうつつを抜かしている場合ではなかったのだ。命あってのモノダネ、奴らが本気を出す前にとっとと他の村まで退散しておけばよかった。
 しかし今さら背中を向ける訳にはいかない。こうなった以上ハッタリをかまして何とか勝負を回避するしかなかった。
「お前がラオウか。そんなふざけた格好しやがって。相当暑がりのようだな。ならば俺の必殺拳で叩きのめしてくれるわ!」
「面白い。お前の技は既に見切っている。東北東真拳、実は俺も習得しているのだ。どちらが極めているか、試してみるか?」
 ヤバい、ヤバすぎる。まさかマッサージである東北東真拳の事を学んでいる人間が自分以外にもいたとは。親父の奴、一子相伝と言いながら、いつのまに弟子を取っていたのだ? これでは自分がインチキのハッタリ野郎であることがすっかりバレているという事ではないか!
「俺は師匠である父から直接指導を受けた。しかもこの世でただ一人の免許皆伝だ。お前がどのくらいの心得があるかは知らんが、必殺の奥義までは習得していまい。実力の差を思い知らしてくれる!」
 奥義と言っても大したことではない。疲れ目を治したり、リラックス効果のある肩もみが出来るくらいである。雑誌をめくればいくらでも出てきそうな、おばあちゃんの知恵袋的なちょっとしたテクニックに過ぎないのである。
 ラオウは余裕の色を浮かべ、こぶしを鳴らしている。
「つべこべ言わずにかかってこい。それとも怖気づいたのかな?」
「判った。気は進まぬがお前を血祭りに挙げてやろう」
 どうしよう。こうなった以上勝負を断るわけにはいかない。向こうが本当に東北東真拳の使い手であるならば俺の正体などとっくにお見通しなのだろう。この最大のピンチをどう乗り切ればいいのだろうか。このままでは本当に殺されてしまう。
 ラオウは腕をまっすぐに伸ばすと、少し離れたところにある高台を指さした。普段、祭りの余興などが行われる、ちょっとしたステージである。
「そこの高台が勝負の舞台だ。ゲンとやら、正々堂々、男らしくかかって来い! 今さら棄権は無しだぜ」
 そう言うとラオウはイチモツをぶら下げながら、高台へと向かっていく。ゲンは周りの村民たちを見渡すと、皆、期待のまなざしで見守っていた。凛子に至っては、すがるような視線でうっすらと涙を浮かべている。
 覚悟を決めたゲンはゆっくりと高台へ近づくとラオウの待つステージに上った。
 にらみ合う二人。まさに蛇とマングースの形相であった。
「行くぞ! ゲン!」
「かかってこい! ラオウ!」
 激しい声援の中、二人はがっつりと肩を掴み合う。するとラオウは微笑を浮かべながらとんでもない提案を小声で口走った。
「なあ、相談があるんだが……」
 なんと八百長を持ち掛けてきたのである。わざと負けるだけで百万ゴールドを貰えるらしい。 
 何でもラオウはゲンと同じように喧嘩は大の苦手らしく、口八丁手八丁で全く喧嘩をせずにボスにまで上り詰めたのだという。東北東真拳も通信講座でちょっとだけかじっただけらしい。ラオウの話ではそれは必殺の暗殺拳という触れ込みだったらしいのだが、序文を読んだだけでギブアップをしたのだという。親父の奴、詐欺まがいな事をして恥ずかしくはなかったのだろうか? もっともハッタリをかますことが東北東真拳の極意であるのだが……。
 これはチャンスである。東北東真拳の本性がバレる前に、負けたふりをするだけで、百万ゴールドもの大金が手に入る。その代わり、凛子は諦めざるを得ないし、それにもうこの村にはいられないだろうが、この際仕方があるまい。
「仕方が無い。お前を始末するのは簡単だが、その部下たちを思いやる気持ちには感動したぞ。今回だけは勝ちを譲ってやる」
「恩に着る。金は明日にでも子分に持たせるから」
「交渉成立だ。俺はどうすればいい?」
「俺が軽く殴るから、そのまま倒れてくれるだけでいい」
「判った。上手くやれよ」
「あんたもな」
 それから二人は仰々しく走ったりジャンプしたりを繰りかえす。互いにポーズを決めてパンチやキックを空振りしながら、それらしいリアクションをした。幸い高台はみんなから離れているから、実際に攻撃が当たっていないことを気づいてはいないようだった。ラオウはその為にここを指定したのだろう。
 十分ほどしてラオウは唸り声を上げた。
「なかなかやるな。だが、それももう終わりだ。くらえ! 必殺『何とSWITCH奧拳』!」
 ここでいう“何とSWITCH奧拳”とは東北東真拳のごく初歩である顔のマッサージであった。
 ペチン! ラオウは派手な構えを見せたかと思うと、ゲンに軽く平手打ちをした。 
「あいたっ!」思わず声を漏らすと、ゲンはその場でうずくまった。
 それからワザとらしく転げまわり、激痛をアピールすると渾身の力を振りぼっているかのように見せかけながら、ブルブルと震えて立ち上がる。
「ラオウ、貴様の力はその程度か? この俺にはへでもないわ!」
「ゲン! お前はおそらく死んでる」
 台詞までパクりやがって。ラオウは余裕の構えを見せて声高に叫ぶ。
「俺の生涯に、一片の悔いは無い!」それって負けた時の台詞じゃないか、今言ってどうする?
 そう思いつつ立ち尽くすと、ゲンはやがて断末魔の声を上げた。
「あべす!!」
 ゲンはラオウに掴みかかろうと必死の構えを見せるが、そのまま仰向けに勢いよく倒れ込んだ。
 しかしである。
 倒れ込む拍子に蹴り上げた右足がラオウの股間にヒットした。鈍い感触があったかと思うとラオウは股を抑えながらもだえ苦しんでいる。全裸であることが災いしたのだった。
「は、話が……違う……ぞ……」
 バタンと仰向けに倒れ込んだラオウはピクリとも動かない。見ると打ち所が悪かったらしく後頭部から血を流していた。
 ゲンは腕を組みながら屍となったラオウの遺体を見下ろし、ここぞとばかりに決め台詞を吐く。
「お前はホントに死んでいる」決まった!
 静まり返る中、一陣の風が吹き抜けた。
「ゲンの勝利だ!!」バッドが喜びの声を上げる。村人から拍手が沸いた。ラオウの手下どもは慌てふためき、散り散りになって姿を消していく。
「ありがとうゲン。あなたこそ本当の勇者よ。真の救世主ね」凛子は顔をクシャクシャにしながらゲンに抱き着いた。
「さすがはラオウ。一歩間違えればこの俺がやられていたところだったぜ」
「たまたま、玉に当たってよかったわね」
「たまたまじゃない。そんなふうに見えたかもしれないが、奴の隙を見て東北東真拳『無双先生拳』を放ったのさ」
「何だって?」
「だから武装旋光拳だって」
「さっきと違うけど、勝ったからまあいいわ」
 それからバッドと凛子は負傷した(フリの)ゲンの肩を担ぎながら、皆の見守る中で凛子の家へと連れ帰っていった。

「それで結婚の話だが……」
 凛子と二人きりになったゲン。思い切ってプロポーズを試みた。何ともなっていないゲンの体に包帯を巻きつけながら凛子は返事をした。
「判っているわよ。正直言って好みのタイプじゃないけど、約束だから仕方が無いわね」
 そこまでハッキリ言われると、むしろ清々しい。
「その代わり、一つ条件があるの」
「何だ?」
 ゲンは身を乗り出し気味になりながら訊ねた。

「……足の痛みがまだ引かないの。何とかしてくれない? その東北道新幹線とやらのマッサージで」
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