芙蓉と芳槿(五)

文字数 7,545文字

 それから、三年が経った。あたしは十三歳になって、師娘直伝の武功のおおよそを身につけていたわ。昔のように、泣き喚くこともなかった。あたしは姉さま方に追いつこうと、ひたすら修行に明け暮れていたの。
「いいかしら、隠娘。正義を執行しようと思えば、多少の犠牲には目をつぶらねばならないの。これは古来より不変の真実なのよ。大丈夫、あなたが手にかけた獣たちの命は、あなたの武功そのものとなって身に宿っているわ。それを存分に振るうことこそが、獣たちの弔いになる。理解できたわね」
 あたしはその言葉に縋りついた。そして繰り返し殺していくうちに、だんだん何にも感じなくなっていった。そんなあたしの成長ぶりを、師娘はいつも愛おしそうに眺め、必ず褒めてくれたわ。あたしには、師娘の慈しみこそが全てだった。そして二人の姉さま方に認められていくのも快感だった。

 ある日、いつも通り三人で修行していたの。軽功で追いかけっこをしたり、内力を込めて岩を粉々に砕いたり。織女素心剣もすっかり馴染み、流れるように技を繰り出すのが気持ちいい。一通り終わって休憩していると、姉さま方が何かごにょごにょ始めた。あたしから少し離れたところで、内緒話に夢中になっているの。
 あたし、ちょっとだけ嫉妬しちゃった。なんだかのけ者にされてるみたい。輪に入りたくてじっと見つめていると、芙蓉姉さまと目が合った。芙蓉姉さま、ものすごく嬉しそうに笑ったわ。にやり、って音が聞こえてきそうなくらい。
「隠娘、ちょっといい? アンタに頼みたいことがあるんだけどさあ」
 その袖を芳槿姉さまがクイクイと引っ張っている。
「芙蓉。それは」
「いいじゃない。元々はアイツの、でしょ? それに……多分もうすぐだと思うし」
 ものすごく不穏なものを感じたわ。あの笑み、絶対に悪だくみなんだから。
 あたしが二人のところに駆けていくと、咳払いを一つコホンと入れて、芙蓉姉さまがこう言ったの。
「あたしたち、実は新技の稽古をしてるのよ。でね、ちょっとアンタにも手伝ってもらおうかなって」
 そんな話、初めて聞いたわ。あたしが知らないところで、師娘からこっそり教わってるのかしら。そう思うと、途端に胸がヒリヒリし出した。唇を噛んで俯いてしまう。
「のけ者にしてたわけじゃないの」
「まー、そういうワケ。この技は二人で連携して出すの。あたしと芳槿はずっと二人で生きてきたから、息が合うのよ。別にアンタを仲間外れにしてたわけじゃないんだからね」
 芳槿姉さまがそっと頬を撫でてくれた。あたし、涙をこぼしてたわ。
「調子狂うわね、もう。ほら、どうなのよ。付き合ってくれんでしょ」
「はい、それはもちろんです。……あの、あとからあたしにも」
「さーね。だってアンタには組む相手いないじゃない? それに、アンタにはこんな技必要ないんだから」
 ほんとに意地悪。あたしは唇を突き出すと、芙蓉姉さまを睨んだわ。
「もう。やるなら」
「そうね、早くしましょ。じゃあ、二対一だから。加減はしないかんね、アンタだって少しは心得あるはずなんだし」
 加減できるほど器用じゃないくせに。あたしは距離を取ると、背中の剣を抜き放った。
 左に芙蓉姉さま、右に芳槿姉さま。呼吸を計るように、少しずつ間合いを詰めてくる。
 二人が同時にうなずいた。くるわ、そう思ったとき、あたしの右で白い布が閃いた。
 芳槿姉さまの黒髪が揺れる。剣を跳ね上げようとしたら、今度は左に赤い影。挟み撃ち、そう気づいたときには遅かった。あっという間もなく、あたしは数え切れないほどの刺突を浴びていた。剣を取り落とす。体の自由が利かない。そのまま地面に倒れるかと思ったら、芙蓉姉さまが抱き留めてくれた。
「はあ~あ、全然じゃない。これじゃ練習になんないわ」
「芙蓉、仕方ないわ。だって」
「アハハ、まー予想どおりだけどね」
 すぐに芳槿姉さまが穴道を開いてくれた。体に自由が戻ってくる。
「どうだった? あたしたちの連携技。びっくりした? 驚いた? 目を見張った?」
 なんだか無性に腹が立つわ。
「これは『迢迢牽牛星(牛飼いの煌めきは限りなく)』っていうの」
「二人で呼吸を合わせて、無数の刺突を一斉に放つ。イメージは、夜空に輝く星なのよね。星が瞬く間もなく、相手は倒れ伏しているわ。あはは、こんなふうにね」
目頭が熱くなった。心から悔しかった。
 あたしだって、同じ仲間なのに。あと一人いてくれたら。
 あたしだって、あたしだって。
「もう。芙蓉、それくらいで」
「はいはい。ま、また付き合ってよね。稽古にさ。アンタのためでもあるんだし」
 袖で顔をこする。
 潮気を含んだ風が静かに流れた。
 すっきりはしないけれど、姉さま方のためになるのなら頑張るしかない。あたしはそれからも、この技の練習台になったわ。何度も受けるうちに、少しはかわせるようになっていったけれど、それでもあざの数は劇的には減らなかった。
 特に左側がひどかったわ。だって、左から攻めてくるのは芙蓉姉さまなんだもの。

 あたしたちが日々磨く武功。その中で最も大事なもの、それは剣術だった。
 あらゆる功力は全て――剣術の威力を上げるための基盤に過ぎない。
 織女素心剣。姉さま方に聞いた話では、師娘で九代目になるみたいだった。
 繊細さと優美さを思わせる名称。しかしその威力は絶大そのもの。
 飛翔する鳥の首をはね飛ばし、疾駆する獣の胴を寸断する。
 その気になれば、地を割ることすら可能だった。
 愛用の剣は使い込まれてどんどん短くなる。長い剣を振っているうちは半人前とさえ見做されない。やがて織物に使う杼くらいになる、と教わった。
 一心に武功を磨くあたしだったけれど、実は頭の隅っこに、小さな疑問がこびりついていたの。――ううん、疑問って言うと語弊があるかもしれないわ。それは興味というか、好奇心のようなものだった。
 あたしはある日、何気なしにそれを芳槿姉さまにぶつけてみたの。
「姉さま。あたしたちの織女素心剣なのですが。……その、少しお尋ねしたいことがありまして」
 すると、すぐ隣であぐらをかいていた芙蓉姉さまが不機嫌そうにこう言ったわ。
「アンタねえ。長女はあたしでしょ? そのあたしをすっ飛ばして、何で芳槿に訊ねるワケ?」
 あたしは黙って芙蓉姉さまに視線を向けた。「アンタあたしをバカにしてない?」って顔にありありと書いてあったわ。
「芙蓉。いいじゃない。勘ぐりすぎよ」
「ふん。あたしは芳槿よりすこーし活発なだけなのにさ。コイツ、アタシに学がないとか絶対思ってそう」
 いけない。へそを曲げた芙蓉姉さまは若干面倒くさくなるの。あたしは平静を装いながら、
「すいません。お疲れかと思いましたので。その、では姉さま方、あたしの質問に答えて頂けますか?」
 黙ってうなずく二人を見て、
「あたしたちの流派は、織女星の名前を冠していますよね。女の子専用の武功であるはずなのに、どうして技に牽牛星の名前がついているのかなあ……って」
 そう。これがあたしの疑問というか好奇心だった。姉さま方の放つ連携技、「迢迢牽牛星」。その名は、夜空に輝く天漢を隔てて、思慕の情を募らせる牽牛星と織女星の伝説を想起させた。その二人の逢瀬が叶うのは、年にたった一度だけ。それこそが乞巧の日――七夕の節句に他ならない。
 きっと何かいわれがあるに違いないわ。
「隠娘の気持ちもわかるわ。でもね」
 その言葉を引き継ぐようにして、
「止めといた方がいいわよ、それ。もしも師娘の耳に入ったりしたら、大変なことになるかんね」
 どことなく、芙蓉姉さまの顔色が悪い。過去に何かあったのかしら。
 黒い髪が小さく揺れた。
「あたしたちは門弟として、日々剣術を錬磨するの。夜空に輝く織女星、その純真素朴な心を宿した剣術をね」
 目を向けると、首を傾げて微笑む芳槿姉さまがそこにいた。
 
 家族と離れて武芸の稽古に励むあたし。でも不思議と寂しく感じることはなかった。
 あたしにとっては、この薄暗い洞窟で生活を共にする姉さま方こそが、かけがえのない家族になっていたの。
 師娘は別のところで住んでいるみたいで、一緒に寝ることはなかったけれど、心で繋がっていると実感できた。
 ずっとみんなと暮らしていきたい。いつか四人で世に正義を行うんだ。
 そして、あたしは期待通り立派になって、父さま母さまのところへ帰るんだ。きっと錦を飾ってみせるわ。そのときには師娘も姉さま方もうちで一緒に暮らしてもらおう。父さまは優しいのですもの、きっと二つ返事で許して下さるわ。空き部屋はたくさんあったはずだし、楽しい毎日が待っているのは間違いない。
 そう考えるだけで、震えが起こるくらいの歓喜に包まれた。
「ねえ、芙蓉姉さま。あたしたちが無事剣仙になれたら、師娘にも入ってもらって、『四大剣仙』を名乗りましょうよ」
「アンタってほんっとに頭がお花ね。四大何とかって、ありきたりなネーミングセンスだし、微妙に講談チックで幼稚な感じ」
 子どもっぽいとかって馬鹿にされて、あたし顔から火が出るかと思った。
「隠娘の気持ちもわからなくはないわ」
「芳槿姉さまはやっぱりお優しいわ。芙蓉姉さまとは大違い」
「へえ、弱虫のくせにいっちょ前じゃない?」
「芙蓉姉さまなんかすぐに追い抜いてみせます。この間の稽古ではあたしも数本取れましたし、連携技も少しは避けてますから」
「なっまいき! ピーピー泣いてた子がここまで図太くなるなんてねえ。昔が懐かしいわ」
「ふーんだ。芙蓉姉さまなんか知るもんですか」
「隠娘、芙蓉。そこまでね。明日からしばらくお別れなんだから」
 芳槿姉さまの言葉に、あたし目を丸くしてしまったわ。
「ふふん、驚いた? あたしたちね、ひとまず島を出ることになったのよ。寂しいからって泣かないでよね。うざったいからさあ」
 イタズラっぽく笑うその顔を見て、あたし、ついカチンときてしまったの。
「泣くもんですか。誰が」
 小さな言葉はやがて大きな波になって、そのまま止まらなかった。
「せいせいします。がさつな芙蓉姉さまの顔を見なくって」
「へえ。いい度胸してるじゃない? 何なら今ここで実力差を教えてあげようか」
「望むところ。姉さまこそ、あたしの足下にひれ伏して許しを請わないで下さいね?」
 きちり、と芙蓉姉さまの剣のつばが音を立てた。あたしも退けないわ。手元に愛用の剣を引き寄せる。
「だめよ。隠娘はお留守番をお願いね」
 呆れた様子の芳槿姉さま。間に入ってくれて、少しだけほっとした。
「はい、それはもちろんですが。お帰りは遅くなるのですか?」
「それは……わからない。師娘も一緒」
「ま、三人で都会見物とかアリかもね。あたしたちはさ、北方の長城付近の出身だから。中原の都とか見てみたいのよね。東都の洛陽とか。きっと素敵な場所に違いないわ。ふふん、羨ましいでしょ」
 手にした剣を放した芙蓉姉さま。おどけた声音に少しだけ安堵の色が見えた気がした。
 でも。
「……ついに来たのよ。あたしたちの卒業試験。今までの修行が結実する日」
 芙蓉姉さまはガラリと声の調子を変えて、そう言ったわ。
「卒業……?」
「そ。あたしたち、この島を出て、修行の最終仕上げをするの。そして」
 言葉が詰まった。小さく鼻をすする音がする。
「ふ、ふん。最強の……ううん、なんでもない。とにかく、あり得ないくらいにすごい武功を身につけるのよ」
「そうよ、隠娘。だから」
 芳槿姉さまの手。白くて暖かい。あたしの頭を優しく撫でてくれた。
「あたしたちのこと、忘れないでね」
 なんだろう。急に不安になった。そして寂しくなった。このまま、姉さま方とお別れしてしまうような、そんな錯覚に襲われた。
「しけた面してんじゃないわよ。あたしたちはアンタの姉さまでしょ。任せておけばいいの。妹を守るのは、いつの時代も姉の務めなんだからね」
 あたし、辛そうな顔してる。
「うん。芙蓉の言う通り。信じて」
 あたし、苦しそうな顔してる。
「でも、でも姉さま方。まるで、なんだか、お別れみたい。あたし、あたし」
 不安に押し流されて、涙がどんどんこぼれてきた。胸元も、膝も、びちょびちょになった。そして、ぐずるあたしの耳の中に、芙蓉姉さまのため息が虚ろに響いた。
「はあ~あ、ほんっとに。アンタの泣き顔見てたら気が滅入って仕方ないわ。情けなくって、ほんと、イヤになる。そんな不甲斐ないのでどうすんのよ。もっとしゃっきりしてくれないと、浮かばれないわ、全く」
「だって! だって、だって、なんだかお二人ともようすがおかしいんですもの! 帰ってきてくれますよね? 卒業試験合格して、お祝いするんですよね? またみんなで一緒に……」
 言葉が続かなかった。
「帰ってくるわ。きっとね。だから」
「ふん。ビービーうっさいわね。黙って待ってたらいいの、アンタは!」
「そんな言い方って、芙蓉姉さま! 剣仙になって、みんなで」
「うるさい!」
 洞窟が揺れた。芙蓉姉さまの右拳が壁にめり込んでいる。天井から、石のかけらがパラパラと降りてきた。
「剣仙? 剣仙が何よ。そんなの関係ないわよ! ほんとやってらんないわ、こんなお子さまの相手なんか! あたしはもう寝る。芳槿、いいわね!」
 芳槿姉さまは無言でうなずいた。いつもと同じ仕草で、そっと明かりを消す。洞窟は闇と静寂に包まれた。
 二人は無言で石の寝床に上がった。あたしは一人暗闇の中で立ちつくす。
 何が芙蓉姉さまの気に障ったのか、あたしにはまるでわからなかった。
 めそめそしたから?
 ぐずぐすしたから?
 洞窟には気まずい雰囲気が立ちこめていた。でも、そう感じたのはあたしだけなのかもしれない。
 やっぱり、あたしが間違っていたんだわ。姉さま方もきっと不安なのね。大事な卒業試験が控えてるんだもの。緊張しない方がおかしいに決まってる。
 ほんとうは、姉さま方に激励の言葉を掛けたかったの。でも、悲しみが心の中に広がってしまって、それどころじゃなかった。
 ものすごく寂しく感じたわ。いつもはあたしを真ん中にして寝ているのだけど、二人が先に横になったのでそうもいかない。胸の中がチクリとする。
 二人は静かに寝息を立て始めた。あたしは黙って石の寝床で横になった。隣には芙蓉姉さまの背中。それに背を向ける形で、あたしは目を閉じた。
 気にしちゃだめ。辛気くさいのは門出に相応しくないもの。また明日、朝起きてから、改めて励ましの言葉を贈れば大丈夫。そして笑顔で行ってらっしゃいを言おう。
 明日。
 明日の朝になれば、このもやもやもきっと晴れているわ。

 目を覚ましたあたしの横に、もう二人の姿は見えなかった。きっとずっと朝早くに出かけたんだわ。姉さま方に行ってらっしゃいを言えなかったことは悔やまれたけれど、お帰りなさいを言えればそれで心がすっきりするように思えた。
 そうよ、隠娘。それでいいじゃない。お帰りなさいとおめでとうございますで、昨夜感じた微妙な空気もきっと振り払える。
 二人がいなくなってしまって、とても寂しかったけれど、この洞窟を任された以上いい加減なことはできない。あたしはただ一人、毎日修行に明け暮れることにしたの。
 帰ってきた二人が腰を抜かすくらいに上達してみせるわ。
 そして姉さま方に続いて、あたしも卒業試験を受けるの。
 絶対に一発合格してみせる。
 四人で正義を行いながら、ずっとずっと幸せに過ごしていくの。
 あたしたちが力を合わせれば、何だってできる。
 地を駆け、宙を舞い、最強の剣術を操るあたしたちに敵う者なんているわけないわ。

 それから数日が経った。三人はまるで帰ってくる気配がない。あたしは少しだけ不安になった。でも、あの姉さま方が後れをとることなんて絶対にあり得ない。
 どんなに手強い敵だって、困難な任務だって、あっという間に片付けてしまうわ。
 だってあたしの姉さま方なんだもの。
 心にかかる嫌な雲、塞ぐ気持ち。足下から這い上がる焦り。じわりとまとわりついてくるそれらを振り払うようにして、あたしは縦横無尽に密林を駆け抜けた。目に映る獣どもを当たるを幸い薙ぎ払ってやると、少しだけ胸のつかえが下りた気がしたわ。
 いつも通り洞窟に帰ってくると、人の気配がする。あたしはとっさに剣を構えたものの、すぐにおかしくなって笑いがこみ上げてきた。だって、この洞窟に来る人なんて師娘たち以外に考えられないんだもの。
 あたしは嬉しくなって、洞窟の中をのぞき込んだ。するとそこには思った通り、尼装束に身を包んだ師娘の姿があったわ。
 あたし、足音が大きかったのかしら。師娘はぱっとあたしの方を振り向いた。でもその顔は、今まで見たことがないくらい、やつれているように見えたの。
 中にいたのは師娘だけ。芙蓉姉さまも、芳槿姉さまも、そこにはいなかった。
 あたし、すぐにピンときたの。
 きっと隠れていて、あたしを驚かすつもりなのね。芙蓉姉さまったらほんとうに素直じゃないんだから。せっかくあたしの方から謝ってあげて、仲直りのきっかけを差し上げようと思ってたのに。ほんと、これじゃあたしだけがバカみたいだわ。
「隠娘」
 師娘の唇は紫色だった。抜けるような白い肌が、今日はなんだか青ざめていて、少しだけ恐ろしく見えた。
「師娘、ご苦労さまです。さぞお疲れのことでしょう」
 あたしは恭しくひざまずいて、そう言ったの。
「姉さま方はどちらにお見えですか? 一言お祝いを述べたいのですが」
 すると、師娘は黙ったまま目を伏せた。指先がすうっと冷たくなる。
「姉さま? どこに隠れているんです? もうかくれんぼはやめにしましょう」
 洞窟に響くのはあたしの声だけだった。
「もう、さすがに怒りますよ? 芙蓉姉さまは仕方がないとしても、芳槿姉さままで悪ノリするなんて」
 その途端、甘い香があたしを包んだ。
「師娘? あの、えと」
 戸惑うあたしを抱きかかえる腕に、そっと力が込められた。そうして、まるで子どもをあやすかのように、背中をさすって下さった。
 頭が真っ白になった。涙が音もなく流れ出してくる。
 ガタガタと身体が震え出した。立っていられないあたしを支えるようにして、師娘は耳元でこう言った。
「二人は、失敗したの」
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