第5話 兄貴の車【自動車の相続手続き・移転登録】

文字数 2,226文字

行政書士業務は1万種類以上とも言われているが、ベーシックなのは自動車登録業務である。だいたい、以下の事項をまず先にお尋ねしてから、当事務所で引き受けられるかどうかを検討し、受任する流れである。

①普通自動車か軽自動車か?⇒作る書類は似たようなものだが、提出先が異なる。また、いわゆるガレージ証明(保管場所証明もしくは届出)ができあがるまで一週間かかるのが普通自動車。即日交付が軽自動車。業務のスケジュール感がかなり違うのでまず最初にお尋ねする。
②どのような手続きをご希望か?⇒所有者変更(移転登録) 住所変更(変更登録) 事業用に変えたい(もしくはその逆)車検切れなら車検をまず受けてもらう必要あり。事業用車両なら、自家用車と違うルートの手続きになるので、以下の質問はせずに個別対応。
③車の「使用の本拠」は?⇒要は車庫はどこって言う話。ついでに、ガレージ証明が必要かどうかもお尋ねする。
④どの管轄の車か?⇒滋賀県ならば滋賀運輸支局しかないが、大阪府や兵庫県ならば管轄が分かれているので要注意。滋賀なら滋賀ナンバーしかないし、京都も京都ナンバーしかないが、その他の近畿府県だといくつもナンバーの種類があったりする。
⑤ナンバープレートの変更が必要な場合⇒当事務所は、出張封印(運輸支局等ではないところで、ナンバープレートの封印ができる)に対応している。が、滋賀ナンバーの封印しかできない。もし滋賀ナンバー以外の封印が必要な場合は、仲間の他の行政書士に引き継ぐ。

こんな感じで、必要なことを最初にまず情報収集する。田中さんにもこの流れでしてもらっているのだが、①のところで既に躓いている様子。

田中さんに電話を替わってもらった。
「所長の井手です。お電話、ありがとうございます。本日はどよのうなご用件か、申し訳ありませんが、今一度お伺いしてもよろしいですか?」
と言うと、少し年を取った男性の声が返ってきた。
「私、酒井と申します。この前、兄が亡くなりまして。○○(地名)に、車があるんですが処分したいんです」
処分。となると、中古車屋さんの紹介をした方が良いだろうか。
「もう、あまり見たくないんです。なるべく早くに処分したくて」
事情がありそうな事件である。
「わかりました。自動車の相続のお手続きですね。処分されたいということは、引き取り手も探すということで、よろしいですか?」
「はい、おっしゃるとおりです。もう早く処分したくて。でも、どうしたらいいかわからんのです。さっき電話にでたお姉ちゃんにあんたでいいからはよ来てほしいわって言ってしまいましたわ」
早くって言ってもねぇ。と思いつつ、パソコンにうつったGoogleカレンダーを見つめる。
「そうですね、一番早い日程ですと、あさっての14時半なら、お伺いできそうです。この後書類のご案内をスタッフからさせますので。ところで、大津の方ですか?」
「私は違うんですけど、兄の家と車は大津にあります。」
「わかりました。FAXかメールはお持ちですか?必要書類をご案内します」
「FAXでお願いします。番号は・・・・・・」

電話が終わった。田中さんにこの後の流れを指示する。
「いつものFAXのテンプレを使って、酒井様に必要書類のご案内をお願いします。送り先は、・・・・・・で、所有権の移転登録の書類一式でお願いします」
「わかりました」
田中さんは、FAXの文面作りに取りかかった。

私は、中古車屋で知っているところにメールを書き始めた。不要な車があったら、大体そこに買い取りもお願いしている。
早く引き取ってほしい車。何かあったんだろうか。相続人同士で、ほしいほしいと言い合いになっていたら、そもそもうちでは受けられない案件だが、まずは話を聞いてみるしかないな。

====業務コラム(1)====================
行政書士業務の範囲について

そもそも行政書士という仕事は、行政書士法に仕事の内容も範囲も規定がある。これを越えて仕事をすることはできない。

「行政書士法」
第一条の二 行政書士は、他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類(その作成に代えて電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)を作成する場合における当該電磁的記録を含む。以下この条及び次条において同じ。)その他権利義務又は事実証明に関する書類(実地調査に基づく図面類を含む。)を作成することを業とする。
2 行政書士は、前項の書類の作成であつても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、業務を行うことができない。

いわゆる代書屋さんだが、他の士業が独占している分野については、できないのだ。
紛争性があったら弁護士しかできないし、登記という言葉がでてきたら司法書士だし、社会保険の話は社労士の独占業務だ。全部オールマイティーにいけるのは弁護士の先生のみである。

今回の相談は今のところ「亡くなった兄の車を処分したい」というものであるので、紛争性はない。しかし、この相談者が本当に相続人なのか?他の相続人も同意しているのか?ということは気をつけないと行けないし、調べる必要がある。紛争性がある案件は、受任できない。逆に言えば、紛争性のないある意味平和な案件しか、行政書士は受任できないということでもあるかもしれない。
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登場人物紹介

井手一清(38歳)。かずきよ行政書士事務所所長。息子と猫とのんびり暮らしている。

妻とは2年半にわたる調停をしたあとに、離婚。

係長という名前の猫(5歳)。気が向くと人間の女に化ける。

政行(7歳)。小学1年生。一清の息子。

バイトの田中さん(20歳)。滋賀商業高校卒業。働きながら通信制大学に通っている。

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