第一章 探偵はたぶん死んでいる ④

文字数 1,480文字

「このまま終わってくれますかね」
 マスコミはきっと興味本位で騒ぎ立てる。警察(みうち)のなかには、真実を求める者もいるだろう。

警察(そしき)も、大衆も、真実を受け止められるほど強くはない。流れるさ、楽なほうに」
 課長は気楽に答えた。マスコミや警察には他の支援者が圧力をかける。それを見越したうえでの返答だろう。

「今後のこと、何か聞いていますか」

「南に行くと言っていたな。それと、支援者(フォロワー)たちの調査を俺に直接依頼してきた」
 
「支援者の……何か、おかしな動きをしている者がいるんでしょうか」

「いや、変わらんよ、連中は。変わらず彼女を珍獣扱いして、上から眺めて喜んでいる」
 薄ら笑いを浮かべる男の眉間には、深い皺が刻み込まれている。これは彼が本気で怒っている証拠だ。

「しかし、支援者同士は不干渉のはず、ルールを破れば――」
  
「知らんな。だいたい支援者(フォロワー)なんてのは、気色の悪い変態どもが勝手に名乗っているだけのものだ。彼女はあれを認めてなんかいない。存在も、()り方もな」

「認めてないって、どういうことです。あれは公認の……」
 
「そう思い込んでいるだけだ。思い込まされてる、といったほうが正しいか。いいか、これは大事なことだから言っておくが――」
 彼は語る、彼女にとって支援者(フォロワー)とは何であるかを。それは衝撃的な内容だったが、彼女の性質を考えれば、納得出来る話でもあった。
 
「利害関係ですらないと……」

「見ているんだよ、彼女は。だから指示も出さないし、要望も彼らの前では口にしない。自分という状況を前にして、何を考え、どう動くか、彼女はそれをじっと見ている」
 彼らは今も、多額の資金を提供し、裏工作を行っている。それは娯楽なのだろう。己を酒の(さかな)にして、社会を上から見下ろして、そうして笑う大人の姿を彼女はどう感じているのか。
 幼女探偵――彼女は悪を喰らい、事件を喰らう。ときには自分で育ててまで。

「我々は、大丈夫ですかね」

「それなりに気に入られてると思うぞ。お前のことも、真面目でいい感じだって褒めてたし……」

「え、嬉しい。それすごく嬉しいんですけど」

「……基準はわからんが、俺たちやあいつみたいに、色々悩んでおかしくなった奴には、基本彼女は甘いみたいだな」

「そのあいつ……ですが、撃つ前に一緒に来ないかと誘いをかけました」
 彼女の闇を覆い隠すためには、口を(つぐ)んででもらうしかなかった。しかし、秘密を共有出来るなら――
 
「……断られたか」

「はい、馬鹿なやつです」
 我々にはもう、警察官としての誇りは残っていない。彼はどうだったのだろう。彼女を撃とうが撃つまいが、銃を向けた時点で刑事としての彼は終わっている。そうまでして、いったい彼は何を守ろうとしたのか。

 誇りだろうか、秩序だろうか、それとも正義――なのだろうか。

 あの日、彼の遺体に彼女は一輪の花を添えた。その眼差しはとても優しいものだった。

「そういえば、課長が連れて来たあのホームレス。あれについて、彼女は何か言ってませんでしたか」
 身代わりは必要だった。しかし、無関係な者を巻き込むやり方は、おそらく彼女の流儀に反する。怒りを買ったかもしれない。
 
「ああ、あいつは吾川(あがわ)だ……吾川将吾(あがわしょうご)、看護師強姦殺人の――」

「は、え、吾川……指名手配の、なんで」

「知らん、彼女の指示だ。指紋やら何やら調べたら吾川だった。大ごとになるだろうから、しっかり裏を取って、確証を得てから公表する」
 
「わかったうえで、ですよね」

「当然そうだろう。怖ろしいな、我らが探偵殿は」
 そう言って笑う彼の顔には、真っ当な警察官だった頃とは別の、誇りのようなものが見てとれた。
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