第一章 探偵はたぶん死んでいる 最終話

文字数 2,520文字

「課長には色々面倒かけたね」
 駄菓子を片手にこちらを見ている

は、容姿が少し整いすぎていることをのぞけば、ただの子供と変わりがない。
 年齢は、六、七才ほどに見える。しかし実年齢がそうであるとは正直到底思えない。ホルモン異常か何かの理由で、肉体的に成長出来ない病があると聞くが、彼女の身体は正真正銘子供のものであるらしい。

「いえ、私も部下も、頼られること自体が喜びですから」
 これは事実だ。この、世の(ことわり)から外れたような存在に頼られているという実感は、何ものにも代え難い満足感を与えてくれる。
 
「ちょっと騒がしくなるかもしれないけど、大丈夫かな」
 
「上手くやりますよ。探偵殿には迷惑がかからないようにしますから安心してください」
 彼女に対して敬語なのは、本能から来る何かが原因なのだろう。不自然なのはわかっているが、今更直すこともできずに、結局そのままつづけている。

「私が元凶だからね、あんまり気にしなくていいよ。ただ、彼のことは出来るだけそっとしておいて欲しいと思う」

「怒ってませんか、貴女を殺そうとしたわけですが」

「まさか、立派だったよ、彼は。懸命に正しい道を行こうとしてた。出来ることなら死んで欲しくはなかったけれど……そこを曲げるくらいなら、最初から私の前には立たなかっただろうね」

「遺書、書いてましたからね。やり遂げたとしても死ぬ気だったんでしょう。不器用というか、なんというか、もう少しバランス良くやれなかったのかと」

「課長みたいに」

「そう、私みたいに」
 薄く笑う彼女の顔は、子供のものにはやはり見えない。多くの死を見てきたからか、それとも噂で聞くように、見た目と違う時間を彼女は生きているのだろうか。

「後処理には、豚も利用していいから、その辺上手くお願いします」

「豚……ああ、支援者(ブタ)、ですね。わかりました、使わせて貰います」

「それと、落ち着いてからでいいんだけど、連中のこと、ちょっと調べてもらっていいかな。詳細は後で連絡するから」

「承知しました。ああそれと、彼の遺書ですが、一応中身を控えています……読みますか」

「そうだね、読ませてもらおうかな。でもあれでしょ、どうせ、警察の皆に迷惑かける――とか、そんな内容ばっかでしょ」

「はは、正解です」

「仕事人間め」
 彼女は彼の遺書に目を通すと、可愛らしい猫が描かれたハンカチで、赤くなった目元をそっと拭った。

「……強敵だったよ、彼は。おかげで私のプライドはズタズタになってしまった」

「そこまで言ってもらえるなら、あいつも本望……とまではいかなくとも、納得は出来るでしょう。しかし、プライドと言うのは――」

「内緒だ。まあつまり、必死だったということだ」

「探偵殿、私は彼の上司です。そこは聞いておかないと」

「課長しつこい、そういうの良くないぞ」

「しかし、私が聞かなければ、それは闇に葬られてしまいます。あれも闇、これも闇というのはあまりにも不健全です。私は心配しているんです、探偵殿の隠蔽体質を」

「お前、なに言ってんの」

「お願いします、死んでいった彼のために」

「いや、あいつはそれを見てんだよ。それで私は傷ついてるの」

「誰にも言いませんから、お願いします。先ほどの依頼も頑張りますので……」

「そんな、大したもんじゃないんだけど」

「じゃあ見せてよ、幼女探偵」

「うーん、じゃあクイズ形式でいくか」

「よし、こい!」

「えーと、今回、殺されかけてるとき、私は一言しか言葉を発しませんでした」

「一言……」

「しかも、それはたった三文字の言葉です。そしてその三文字で、私は危機を乗り切りました」

「三文字……」

「ヒントは、フードつきのかわいいコート、あっ、これはしまむらで買いました。そしてもう一つのヒントは……萌え袖です!」

「かわいいコート、萌え袖……」

「ヒントは以上……さあ、答えてみろ、汚れ刑事。答えを導くための材料は、すべてここに記されている――わけではないが、お前が私の下僕なら、たぶん何となく、わかるはずだと思います!」

「三文字、コート、萌え袖……何となくわかる。そうか、わかった! 答えは――」
 



「実演してみてください。言葉だけだとわかりにくいので」

「いや、それはちょっと恥ずかしいというか」

「そうしないと決着がつきません。探偵殿も嫌いでしょう、中途半端は」

「でも、ハズレって言ってんだから……」

「証明出来ていません。示してください、エヴィデンスを」

「エヴィ……、いや、これはエビデンスにはならないと思うよ」

「時間がありません。一緒にいるところを人に見られると厄介なことになります」

「わかった……やるから少し下がりなさい。ああ、そうだな、まずは状況の説明からしようか」

「はい」

「私と彼は膠着状態にあった。まあそれも、私が沈黙により、意図して主導したものではあるが」

「なるほど」

「ただ当然だが、膠着状態というのはそう長くはつづかないものだ」

(おっしゃ)るとおりで」

「ここで怖かったのは、彼が突然暴発することだ。感情の昂り、第三者の介入、理由は色々あるが、予期せぬタイミングで彼が動くこと、私はそれを何より警戒していた」

「ああ、それでサイレンを」

「イエスだ。メッセージを送った時間から逆算してパトカー到着の時刻は大体読める。その前に彼が動いたなら、それはもうしょうがない。アドリブで対応するだけだ。しかし、そのタイミングまで動きを封じていられたなら、ほんの一秒、ほんのコンマ数秒だが、私は彼の先手が取れる。サイレンにびっくりしないからね」

「刹那の戦い、ですね」

「え? せつ、なに? まあ、いいや。とにかく私はそこで、そのタイミングで、例の三文字をぶち込んだわけだ」

「ポーズつきで……」

「そうね」

「じゃあ、お願いします」 

「はい」

 そして彼女はフードを被り、両手を挙げて構えて見せる。猫、というよりレッサーパンダ。
 フード、萌え袖、上目使い、とにかくすべてがすごくあざとい。
 彼女はこれをやったのか、殺伐としたあの現場で、今にも心折れそうな、彼に向かってやったのか。

「ここでね、一番かわいい顔をしてだね、私は言ったわけだよ――」


『ふえぇ』って。

「探偵殿、あなたは卑怯だ」


第一章 探偵はたぶん死んでいる――完
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