第1話

文字数 783文字

 朝、目が覚める。朝食の準備をする。朝食をとる習慣とコーヒーを飲む習慣はマリコと同棲を始めてから身についた習慣だ。食べ終わったらすぐに皿を洗う。同じ種類の皿がもう一組ある。マリコは夫婦茶碗みたいな色違いよりも、二人で同じ物を使う事を好んだ。その方が、二人が溶け合って生活をしている実感が持てると言う。同じ物なら、自分専用ではなくて二人の共有物が二組あることになる。同じ皿を二人が使い回すようなことになる。それがいいのだと言っていた。皿を洗いながら思い出していた。
 テレビをザッピイングしながら食後のコーヒーを飲む。あと二時間したらマリコが帰って来る。そして出てゆく。それで二度と帰って来ることは無い。その為に帰って来る。コーヒーカップも洗い、水切りかごの食器の上に重ねた。よくもまあ調教されたものだ。今ではシンクに食器があるのが落ち着かなくなった。
 俺は歯を磨きながら鏡とにらめっこしている。少しヒゲが伸びているが今日はそのままにしておこう。恐らくマリコは覚えていないだろうが、二人が付き合う前に一度「いいじゃん、無精髭。雰囲気が変わるね」と言った事があった。そんなどうでもいい事が思い出される。あと一時間十五分。俺は何をして過ごせばいいのだろうか。と言うよりも俺は何を待っているのか、何に待たされているのか。今からでもマリコに電話をして「鍵、持ってるだろ。勝手に入って好きにやってくれ」と言えばいいじゃないか。別に二人が一緒にいる必要もない。どれが自分のでどれが相手のものかわかっているのだから。二週間前の会話を最後すればいいじゃないか。だけど、俺は電話をしない。ここは二人の家だった。俺の家に忘れ物を取りに来る訳じゃない。二人で探して二人で決めた家。いつまで俺も住むかは分からないが、やっぱりちゃんとこの場所で別れの挨拶をしなければならない。したくないとしても。
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