第2話

文字数 1,028文字

 この一ヶ月、一人で暮らしてみて快適な広さだと思った事は皮肉的だった。「お前がいない事で家が広く感じるよ」などと感傷に浸ろうにも、そんな感情は湧いてはこなかった。マリコが来るまでもう少し時間がある。あいつの物をまとめておいてやるか考える。いや、それはやめよう。まるで、さっさと出て行けと言っているようにも感じる。
 ところで、マリコは誰の車で来るのだろうか。あいつは車を持っていない。父親に借りるのか。あのアウトドア好きで、一方通行の話を会話だと思っている浅黒い親父の車を。それとも友達の誰かに借りるのか。マキちゃんは確か大きな四駆を持っていた。それともレンタカーか。いや、俺の知った事か。
 午前十時ジャスト、時報のごとくチャイムが鳴った。「久しぶり、ちょっとお邪魔するね」お邪魔する?まだお前の家でもあるんじゃないのか。まるで他人の家に来たような言い草だな。俺はその芝居染みたセリフを飲み込んだ。だってもう他人なのだから。段ボールの束を持って寝室の方へ入って行く。途中、引き出しからハサミを取り出す。勝手しったる”他人”の家。マリコは住み慣れた家を出て行くことをどう思っているのだろうか。少しは寂しいと思っているのだろうか。それは、俺との事どうこうではなくて、単純に住み慣れた家を出て行くということについてのマリコの感想が気になった。取りあえず、テキパキと洋服類を段ボールにつめる姿からは寂しそうなそぶりは見えてこない。
 「クローゼット、広いね。こんなに広かったんだ」段ボール四箱分の服が取り除かれたクローゼットはがらんとしていた。
 「俺の服は少なかったからな。ほとんどマリコのだったから」軽い嫌味を言った。「本当だね」マリコは嫌味だと気がつかないようだった。
 「こんなに入るかな」マリコがポツリと言った。それは実家の押し入れにって事なのか、それとも、すでに新しい部屋を借りたのか。
 「手伝うよ」
 「ありがとう、とりあえず玄関前に並べといて。車が来たら一気に持って行くから」
 「車?誰か手伝いに来るの?」
 白々しく聞く俺。
 「うん?うーん」
 誰だ?まあいい、いいさ、誰であろうとも。素知らぬ顔して手伝った。
 「ねえ、これ貰ってもいい?」
 マリコが手にしていたのは一冊の本。本好きの彼女が好きな作家の本で俺が買って来た新刊。まだ読みかけなんだが。「いいよ」
 「ありがとう」
 マリコの引越しは順調に進んだ。最後の共同作業は大体引越しだ言っていたのは誰だったか。
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