09 はじまりのエピローグ

文字数 2,978文字

「どうしてこんなこと? ――まさか。会長候補の五城川先輩にフラれて恨みを抱いていたとか? で、選挙自体をメチャクチャにしてやろうと……」
「ちゃうわ! 松山じゃあるまいし!」

 動機をたずねられた葦月は、駄々っ子のように頬杖をついた。

「推理研の後輩をテストした……というのは通らんだろうなぁ」
 ふざけ口調を止めたのは、オレと祈に睨まれたからだ。
「怖っ! お前ら本当に目つきが悪いな。特に松山。見た目は爽やかなんだから気をつけろ」
 どうせオレの見た目は爽やかじゃないさ。

 晩御飯を食べて一息ついたアルバイトたちは、投票終了まで残り三十分となった会場で時計と睨めっこしている。

「合同自治会長になると就職に有利――そんな噂があるのは皆知っていると思う」
 葦月がぽつりと語り出した。
「根も葉もない噂だ」
 枡条が眉間のしわを揉む。朝よりも老け込んだように見えるのは、気のせいだろうか。

「そうか? オレは別におかしな話じゃないと思う。同じ役職を担った後輩を、自分の会社に招きたいというのは人情としてわかるからな。不思議なのは君らだ。枡条と穂波さん」
 緑茶のペットボトルを配っていた穂波さんが動きを止める。
「君らはどうして選挙管理委員会に入ったんや? 合同文化祭の主役にもなれん、地味な組織に」
 答えを待たずに続ける。

「学生活動の選挙で、アルバイトの報酬が一万円。異常に高いと思わへんか? 文化祭には企業のスポンサーが付いとるらしいけど、その辺りから金が下りてきている。恩恵にあずかっているのは、選管の方じゃないだろうか?」
「はあ!?」
「過剰に反応しなくてもええやろ、枡条。〈根も葉もない噂〉なんだから。噂を信じて、愚かにも選管に志願したヤツもいるがな。俺の兄貴や」
 あ、と穂波さんが口元を押さえる。

『葦月さんのお兄さん一昨年選管の副委員長でしたよね。私、会場一緒だったんです』――葦月の兄が二年前ここに居た……?

「随分とはりきって仕事したらしいで。会長の仕事も横取りしてな。そして、投票用紙が強奪されかかった事件の責任を被せられるハメになった」
「そんな!」
 穂波さんが声を張り上げる。
「あの事件は管理体制が甘かったことが原因で、葦月さんのお兄さんの責任じゃありません!」

「俺が兄貴から聞いた話とは違うな。自分ひとりに汚名をきせられた、ってイイ年して悲劇の主人公ぶってたわ。結局、恩恵にもあずかれず。アホな男や」
「お兄さんの復讐だったんですか?」
 間髪(かんぱつ)入れずにオレが問うと、葦月は目をぱちくりさせた。
「勘弁してくれ。兄貴にグチられて俺が感じたのは、『くだらん』。それだけや」
 じゃあどうして? 何が彼を駆り立てたのだろう。

「何の因果(いんが)か知らんけど、弟の俺が選挙の手伝いをすることになった。
 忙しく動き回る選管を見て、魔が差したのかな……? やろう、と決意した直接のきっかけは、『投票用紙が盗まれることの重大さ』を穂波さんに教えてもらったことや。兄貴に話を聞いたときは、何が大事(おおごと)なのかよう分からんかったけど、熱心で説明上手な穂波さんのおかげでようやく合点(がてん)がいった」
 皮肉めいた言い方に、穂波さんが顔をゆがめる。

「投票用紙を盗ることで、くだらん選挙を掻きまわすことができるなら――やってみようか、と思った。
 あとは大体お前らの想像どおり。お茶淹れのとき、隙を見て用紙を盗った。全部盗んでやりたかったが、兄貴から借りたスーツが小さくてポケットに余裕がなくてな。二束をねじこむだけで精一杯やった。兄貴の呪いかな」
 寂しげに呟くと、破れたスーツの尻を撫でる。

 騒動を起こしたことを詫びると、あとは終了時間まで一言も発さず、会場を去っていった。


「あれ? 雷宮さんは?」
 枡条が忙しなく探している。これから開票事務が始まるというのに、どこへ行ったのだろう。
「ゴメンナサイ!」
 野巻さんが唐突もなく土下座した。
「ケンカ中の彼氏から『会いたい』って連絡が来て。光は『仕事があるし行かない』って渋ってたんだけど、アタシが無理やり行かせちゃいました。二人分働きますから許して!」

 それはなんとも……。
 残念だったな、と幼馴染をからかおうとして、オレは仰天した。松山祈も消えていた。机にメモが残されていた。

『わりに合わない頭脳労働をして疲れた。バイト代は譲るからお前が二人分働いてくれ。あ、副部長もいないから三人分だな』

 いくらオレがデキる男で、三人分働くことが出来たとしても報酬が上増しされるわけがない。
「っアイツめえ! いい加減にしろ!!」
「メチャクチャだ……」

 怒り狂う視界の端で、枡条がよろめくのが見えた。
 ちなみに、この場で解決したのが幸いし、事件が外に漏れることはなかった。選挙結果について。合同自治会長には黒志山大のスター・小笠原北斗が僅差(きんさ)で当選し、白志山大の五城川美礼は副会長に就任した。





葦月(ヨッシー)は休学した。カリフォルニアに留学するらしい」

 翌週の昼休み。
 推理研の部室で、畔上部長に聞かされた情報はあまりにショッキングだった。

「前々から計画していたようだが、随分と急だったな」
 マジかよ……。オレはただ唖然とする。
 そんな計画をしていたなんて、全然知らなかったのだ。
「昨日挨拶に来た。梅沢に伝言を預かっているよ」
 カップラーメンを啜って、ゆるりとした口調で言う。

「『推理研に籍を置いたままにしていくが、副部長の役職は返上したい。新副部長には梅沢絆を推したい』って。やるか? 副部長」

 ライブ行かない? くらいの軽いノリだった。
 ベンチの隅で、赤飯弁当をかき込む松山祈を見やる。顔はバタくさいが食の好みは和風なのだ。
 なぜ祈じゃなくてオレなのか? 一瞬疑問に思ったが、なるほどこの男に堅い役職は似合わない。

「自分でよければ、やります」
「よろしく」
 部長が柔和(にゅうわ)に微笑む。
「――そういえば、知ってるか? ヨッシーの似非(えせ)関西弁。お兄さんの影響らしいよ」
「…………」
「しんみりしてるな。気分転換に合宿でもやるか」
 カップ麺の最後の汁を啜り、とうとつに誘ってくる。

「実家の寺の総本山で、若者を対象にした集まりがあるんだ。一緒に参加しないか」
「……宗教関連の集まりですか?」
 尻込みすると、部長は頭を振って、 
「あやしい宗教じゃないよ。改宗を強制することもない。実家を通して申し込めば、宿泊費なんかも一切かからないし」

 なんだか嫌な予感がした。返事をしかねるオレに、部長は続けて言う。
「同年代の女子も来る。幼女も熟女もいるな。良い出会いがあるかもしれないぞ」
「……それ、選挙のバイトのときも言ってましたよね」

 窓から望む裸の木々が寒々(さむざむ)しい。
 北国の儚い秋はもう終わってしまったのだ。クオーターの幼馴染が灰色の空を見上げている。

 自分より先に米国へ旅立った葦月を(ねた)んでいるのかもしれない――。不機嫌そうな横顔をながめ、そんな邪推をしてみた。



(end...)
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