第2話 宣戦布告はおだやかに

文字数 2,205文字

「年齢って表示することできるのかな?」
「うん? なかった気がする。プロフィール欄に勝手に書き込むことはできるだろうけど、誰が証明してくれるのっていう話だし」
「そっか。小学生と名乗っていたら、周りの人はちょっとやさしめにしてくれるかなと思ったんだけど」
「あ、もし登録するのなら、そういうのはなしにしましょうよ」
「え、どうして」
「折角登録するんだったら、全員、同じ立場で競いたいと思わない?」
「それはそうだけど」
「それに私が調べて知った噂では、小学生の女子って書いていると変な会員が変な風なメッセージを送ってくるんだって」
「変なって……文字通りの?」
「そう、変質者的な」
 ううぅ。それなら明かさない方がいい。嘘をついて男子ってことにしておけばちょっとはましだろうけれども、ゼロではないだろうし。
「プロフィールに年齢や性別は書かず、大人のふりをするのね」
「そうそう。だけど一応、嘘の設定でも決めておかないと、あとで辻褄が合わなくなる恐れがある」
「背伸びするのにも限界ってものが……大人は無理だよ、やっぱり」
 私が気弱なところを見せると、明菜ちゃんは分かっているという風に一つうなずいて、人差し指を立てた。
「高校生か中学生ってことにするのはどう?」
 意味があるのだろうか。よく分からないけれども、高校生や中学生にも変質者は寄ってきそうな気が。
「高校生も無理だと思う。せいぜい、中学生」
「じゃあ中三かな。でも十二月頃から、高校受験のふりをしなくちゃいけないのかな。面倒だよね。受験なのに小説書いてる暇があるのかって目で見られる」
「あはは。設定が細かいね」
「そうよ。ディテールは大事よ」
 結局、明菜ちゃんに押し切られた。唯ノベルに登録することになり、二人とも「高校進学は考えていない中学三年生」という設定で行くことになった。
「あとは、そう、何ていうペンネームにするかだけど」
「あ、やっぱり本名じゃないんだ」
「もちろんよ。ただ、ペンネームはお互いに知らないでおこうと思う」
「え、何で」
「私達お互いが、相手のことを気にしちゃうでしょ。どういう活動をしているのか、ぐらいならまあいいけれども、小説への感想を書くときに遠慮が出て、厳しいこと言えなくなるとか、お世辞が混じるとか」
「うーん」
 私はどちらかというと自分の下手さ加減が分かっているので、あまり厳しくもの申せない口なんだけどな。そういう意味のことを言うと、明菜ちゃんは首を横に大きく振った。
「何言ってるのよ。相手と同じくらいのレベルになっていないと相手の批判ができないなんて、あり得ないから」
「でも」
「プロ野球中継とか見たことない? 観客が選手に物凄い野次を飛ばしているの」
「ああ、何となく見たかも。分かる」
「野次を飛ばしている連中は、プロ選手よりも野球がうまいのかしら? そんな馬鹿なことないわよね」
 なるほど。
「よほどの的外れでない限り、批評は誰にでも許される行為なの。だから気にしてはだめ」
「分かったわ。それじゃお互いにペンネームを知らないままにするとして、作品名も伏せるのね」
「もちろん。でも粗筋ぐらいは言わなきゃ、サイトの外、学校なんかでおしゃべりできないね」
「だとしたらもしも偶然、どちらかがどちらかの小説を読んで感想を書いたとして、学校でサイトの話をしていたら分かる場合もあるかもしれないよね。『あ、その感想書いたの私だ』って。そういうときはどうしよう? 黙っておく?」
「ああ、そういう場合があるのか……。黙っておくのは片方だけが有利で、何か感じ悪いわ。相手のペンネームが分かったときはその場ですぐに言う。そう決めておきましょ。言えば感想を書いた人のペンネームも分かるんだから、そのあとは公平。サイトでも自由にやりとりできる」
「最初から知っておいた方が話が早い気もするんだけどなあ」
「いいのよ。はっきり言って周りのレベルが高いから、恐らく最初は全然相手にされない」
「そ、そうなんだ?」
 急に怖さがぶり返す。だけど明菜ちゃんは強気だった。
「そんなときにお互いがお互いを知っていたら、なれ合うというか、傷をなめ合う形になるんじゃないかなって。そういうのは私、嫌なのよ」
 高らかに宣言した。

 とにもかくにも、私達は唯ノベルに五月の半ば頃に登録した。私はペンネームを考え、富叉幡鵬(とみまたばんほう)に決めた。これなら男の子っぽいイメージが強いだろうし、難しげな漢字が多いから小学生っぽくは見えないはず、多分。
 筆名よりも困ったのは、作品の方。だってこれまでに書いた分でましなやつはみんな明菜ちゃんに見てもらったことがあるから、サイトでは公開できない。正体が分かったあとならいいんだけど、今公開すると自分は源双葉ですと明菜ちゃんに宣伝しているようなものになってしまう。
 小説投稿サイトに登録しないかと誘ってきた日、私は最後に明菜ちゃんに聞いていた。結局、何のために登録するのかと。
「小説の感想を言い合いっこしたいのなら、わざわざインターネットでやらなくたって、学校で見せ合えばいいんだし。大人の人から感想がもらいたいんだったら、もうちょっとうまくなってからの方が」
「違うわ」
 明菜ちゃんはきっぱり言ったものだ。
「双葉ちゃんと私とで勝負がしたいの」

 つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み