初めての花束③

文字数 1,003文字

 ◇


 風呂から上がってリビングに戻った俺に、優衣香(ゆいか)は冷たいミネラルウォーターのペットボトルをくれた。俺から甘い香りがすると笑い、私も入ってくるねと言い残しリビングを出ていった。

 風呂でシャンプーしている時、優衣香を胸に抱いた時に漂った香りと同じだと気づいた。俺と優衣香が同じ香りを纏っているのかと思うと気恥ずかしくなってしまったが、甘い香りのシャンプーとコンディショナーは、髪がいつもより長いせいで香りが残っている。
 最近の俺の仕事(・・)には合わない香りだが、今日はいいか。

 ソファに座りテーブルの上の薔薇を見ていると、花屋で薔薇の花束をと店員に伝えた時の記憶が蘇って来た。
 花屋には似つかわしくないこんな(なり)の俺に驚きつつも、笑顔で接客してくれた女性店員に言われた薔薇の意味だ。

 薔薇を十二本と言った俺に、恋人にプロポーズかと問う彼女に驚き、違うと伝えた。薔薇は本数によって意味が違うと言う彼女は、本数毎の意味を書いた紙を見せてくれたが、優衣香は十二日が誕生日だから十二本でいいだろうという考えは安直過ぎたようだった。

 彼女が見せてくれた紙に書いてある意味を見て俺は悩んだ。十二本は渡したいが、十二本ひとまとめの花束は今じゃない。
 なら組み合わせをどうするか。九本と三本にするか、五本と七本か。でも、六本を二つでもいいと気づき、本気で悩んだ。

 結局、五本と七本で花束を作ってもらうことにしたが、その意図を汲んだ彼女は俺の顔を見て微笑んでいた。
 意味は『あなたに出会えて嬉しい』と『ひそかな愛』だ。片思いが実ることを願っていると思われたのだろう。それは間違ってはいない。

 優衣香に薔薇の花束を渡した時、その意味はわかっていなさそうだった。だが、目の前にある花瓶に生けた薔薇は九本だ。もし優衣香が意味をわかっていたのなら嬉しい。わかっていたから、初めて俺の背中に腕を回して、髪を撫でてくれたのかも知れない。
 俺が悩んだ九本と三本の意味は、『いつもあなたを想っています』と『愛しています』だから。

 ――やっぱり俺を受け入れてくれるという意味なのかな。

 しばらく薔薇を眺めていたが、残りの三本を思い出して部屋を見回していると、優衣香がリビングに入ってきた。

(たか)ちゃん、髪の毛乾かしておいでよ。あと歯磨きもね」

 髪の毛を下ろし、艶のある薄紫色のロングワンピースに同じ色のガウンで身を包む優衣香の姿を見て、俺は息を呑んだ。




 
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