12-6 夢見る少女じゃいられない

文字数 1,988文字

 魔王軍本拠地、ガスゴーニュ島。事前の打ち合わせ通り、魔王城より北10キロ地点、コンピレーニュ砦で八坂・葛井と合流した。
 多数の罠が張り巡らされているであろう魔王城にわざわざ乗り込んでいく必要はない。最大出力の遠距離攻撃スキルで城ごと吹き飛ばせばいい。――ゲーマーではない八坂ならではの自由な発想である。
 長時間の【集中】で極限まで威力を増幅した【光弾】なら、どんな防御壁でも突破できるだろう。使用中は無防備になる【集中】は、攻撃スキルにしか適用できない。
 八坂は自分の精神力と相談して、「約半日」という時間を設定した。十分すぎるほどの威力になるはず。
 昇る朝日を浴びながら、

「それじゃ、よろしくね」

 と言って、八坂は目を閉じ、【集中】を開始した。
 今から日没まで、俺と葛井で八坂を守る。
 俺が砦を覆うサイズの【防御円】を展開。葛井は円の外で遊撃を担当する。
 フレイア特務官以下、プレデターの面々には、投降の呼びかけをしてもらった。
 魔王軍はすでに詰んでいる。日没には城が消し飛ぶ。今すぐ武器を捨てて投降すれば捕虜として適正に扱う――と。
 魔王自身が投降するとは考えにくいが、それならそれでよし。
 また、魔王が城を捨てて回避しようとするならそれもよし。これだけ距離があれば発射後に移動されても軌道修正できる。たとえそれで追い切れなくても、城さえ破壊できれば戦略上は前進だ。
 城及び砦周辺の様子は、リンドブルム城所属の海兵たちが砦の見張り台に立ち、【鷹の目】で監視している。
 八坂が【集中】を開始からしばらくの間、敵の襲撃はなかった。どうやらフレイアたちの呼びかけが功を奏しているらしい。俺の中で、魔王軍を裏切ったというわだかまりはあったから、せめて少しでも争いが減ってくれるならこんなにありがたいことはない。

「敵襲!」

 作戦開始から二時間半後、一度目の襲撃。
 しかし、俺が身構えるまでもなく、葛井が速攻で全員蹴散らして、防御円に触れさせもしなかった。

「ぬるいでござるな」

 頼もし過ぎる。
 城を吹き飛ばすと宣言し、敵陣内で狙撃の準備をしているのだから、もっと苛烈な襲撃があるものと思っていた。少し拍子抜けだが、楽に勝てるならそれに越したことはない。
 最大規模の襲撃は正午過ぎであった。
 同時に四方向からの砲撃。こればかりは葛井でも防ぎ切れない。
 だが、二度の実戦を通じて、俺も防御スキルだけはだいぶ使い慣れている。難なく受け切った。ガロン大佐の一撃に比べれば屁でもない。
 砲撃に続いて、突撃があった。やはり四方から同時。
 慌てることはない。各個撃破だ。
 葛井はすかさず北方へ切り込んでいく。東西の軍勢には防御円を叩かせ、俺とリンドブルム海兵で円の内側から南方を射撃。
 長くはかからなかった。南方が崩れるのを見て、西方の軍勢は撤退。東方から防御円を叩いていた軍勢は、北方への対応を終えた葛井の側面攻撃を受け、潰走した。
 堅牢な防御円の中で、八坂の光弾は着々と育っている。

(順調だ)

 盤石の態勢と思えた。消耗した魔力は砦内に運び込んだ液化スミノフで回復できる。葛井の体力にもまだ余裕がありそうだ。
 襲撃の狭間、

「魔王ってどんな人なんだろうね」

 と、八坂が言った。
 魔王が現実世界から来た人間であることは周知の事実だが、その顔はまだ誰も見ていない。俺が「救世主」として謁見を求めれば会えたのかもしれないが。

「【集中】しろよ」

 と嗜めると、

「大丈夫。私、よく原稿書きながら喋ったりしてたでしょ」

 と八坂は答えた。
 確かに、気力が漲っている時の八坂は複数の作業を同時にこなしていた。当時、器用なことをするものだと感心した。

「『裂け目』の影響で闇堕ちしたのかもしれないけど、そんなものなくたって、何もかも滅茶苦茶にブッ壊したくなることぐらいあるよね。人生のうちで何度かは」
「八坂はそういうのとは無縁だろ?」
「心外だなあ。杉原君、私だっていつまでも夢見る少女じゃないんだよ」
「……」

 そう、なのか。

「自分の才能を信じて十年間書き続けてきたけど、世間から認められないまま、もう十年同じように書けるかっていったら、ちょっとわかんない。やっぱり三十路超えるといろいろ変わるね。あ、杉原君はまだ来月だっけ」
「よく覚えてたな」
「一応ね」
「……」
「杉原君、もしよかったら」
「……何だ?」
「昔みたいに、私の小説読んでよ。君が読んでくれるなら、私はまだ頑張れると思う。あと十年ぐらいは、とりあえず」
「嫌だと言ったら?」
「魔王化するかも」
「そりゃマズいわ。ってか、いくらでも読むよ、八坂の書いたものなら」
「……ありがと」

 その言葉と共に、光弾が一際強く輝いた。
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