7-2 異世界のスキルをゲットした

文字数 1,892文字

 本日の朝番は俺と星川さんの二人である。社員が出店せず、バイトだけで回すことは珍しくない。
 事務所の明かりを点け、タイムカードを切り、パソコンを起動してメールチェック。
 エプロンをつけて、レジを立ち上げる。
 店の外をほうきで掃いていると、

「おはよー」

 星川さんが現れた。

「おはようございます……?」

 なんだ、あれは?

「どした?」
「え?」
「私の美貌に何かついてる?」
「あ、いや、本日も大変おきれいだなと」
「せやろ。あー眠」

 自動ドアを開けて店内に入っていく星川さんの頭上を、もう一度凝視する。
 オレンジ色のビックリマークがぴかぴかと光っている。あれは……どう見ても「アイコン」だ。
 もしや、ステータスが見えるようになったことと何か関係が?

「ふっふっふ、そのまさかですよ、勇者様」

 まさかではなくもしやと思ったのだが細かいことは置いておこう。
 本日のココナはピンクのアウターにタイツ+ハーフパンツという山ガール風の出で立ちであった。

「あ、お客様、開店は9時からですので」
「そんな冷たくあしらわないでください。ご説明が必要でしょう?」
「まぁな」
「スキル画面はもうご覧になりました?」
「いや、見てない」

 俺はココナに自分の「スキル」を知りたくない理由を話した。

「そういうことでしたらご心配なく! スキル画面には、スミノフ粒子を媒介にした特殊な能力しか表示されませんから」
「……この世界の薄いスミノフ粒子でも使えるスキルがあるってことか?」
「ええ! 訓練すれば効率よく取り込めるようになりますし、たまにいるガチの超能力者さんはたいてい、知らず知らずのうちにスキルを使いこなしているということなのです」

 なるほど。よくある設定だが、一応スジは通っている。

「ささ、というわけですから、スキル画面のご確認を」
「わかった。あとでヒマな時にやる」
「うふふ、お楽しみに!」

 やはりココナはサービスのつもりであの魔方陣を用意したらしい。まぁ、正直ちょっと楽しみになってきてはいる。
 開店。ココナは先日発表された芥川賞受賞作を買って(結構ミーハーだな)、にやにやしながら帰っていった。
 ヒマな時間はすぐに訪れた。レジに立ったまま、意識で画面を操作する。

  ステータス
  アイテム
 ▶スキル

 所有スキル数:1
 ●クエストサーチ【パッシブ】(常時発動)
  クエストの起点となる人物を識別する。
  熟練度:1/100

「……」

 あー、うん。そんなような気はしていた。
 最近のゲームでよくあるやつだ。アイコンの出ているキャラにだけ話しかければストーリーを進められる仕様。俺は昔の「町に着いたらとりあえず全員に話しかける」面倒なRPGも好きだったけど。
 でもこれ、一般的には「仕様」だと思うんだが……。わざわざスキルとして独立させてあるのか。プレイヤーには叩かれそうだな……

「すいません」
「あ! はい、いらっしゃいませ」

 危ない危ない。画面に気を取られて、お客の存在に気づけなかった。今後、特に歩きながらのコマンド表示は固く禁じよう。歩きコマンド、ダメ絶対。
 さて、クエストの起点とされている星川さんはと言えば。

「昨日、スナックで働いてる友達と飲んだんだけどさ、同伴で毎週焼肉食ってんだって。同伴だよ。客のおごり。許せなくない? 毎週だぜ? しかもなんで太んないの? 脂の乗ったお肉を食べたらその体にも脂が乗れよ!」

 平常運転である。

「いや、わかってんだ。何だかしらんがあの女は脂肪が全部おっぱいに集まってやがるんだ。ずるいやずるいや」

 このさばさばとした星川さんが今さら体型のことで真剣に悩んでいるとは思えない。つまり「痩せたいという悩みを解決する」クエストではなかろうということだ。

 しかし、

「痩せたいんですか?」

 念のため確認しよう。
 返答は、

「食っても太らず
 寝ても太らず
 健康で丈夫なものに
 私はなりたい」

 という詩であった。
 痩せたいというより、これ以上太らなければ別にいいということかもしれない。いずれにせよ目下の悩みという感じはしない。
 さて、どうしたものか。何の相談もされておらず、何か雰囲気を感じたわけでもないのに、

「何か悩んでません?」

 と訊くのは不自然だ。へたくそな口説き方のようですらある。
 手助けが必要ならきっと向こうから相談してくれるだろう。俺はとりあえず星川さんのクエストを放置することにした。
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