第14話 教官、できればお手柔らかにお願いしたいのですが・・
文字数 2,948文字
しばらくすると、応接室のドアがノックされた。
「入りなさい。」
「失礼します。」
そういうと和服をそつなく着こなした中年の女性が入って来た。
そしてその後ろにユリが居た。
「二人とも座りなさい。」
二人が
「私の妻だ。名前は
「初めまして、翼さん。」
「は、初めまして! つ、翼といいましゅ!」
・・・舌を噛んだ。
あがり症の翼であった。
公一郎はユリに話し始めた。
「ユリ、翼クンはお前がいう以上の男性のようだね。」
「え?」
「まあそれはよいとして、お前が翼クンを物の怪から守るため護衛として身を
「・・・はい。」
「だが、断られた。」
「え! どうして! 翼くん、物の怪の危険なことをお父様から聞いたでしょ!」
ユリは立ち上がり、右手を握りしめて胸に当て叫んだ。
その様子にキョトンとした翼は、ユリを
「ええっと・・、物の怪がいかに恐ろしいか聞いたよ?」
「それを聞いたなら危険だとわかるでしょ!」
「うん、危険だし、怖いとも思ったよ?」
「思ったって・・・、まるで人ごとみたいに・・。」
「ふふふふふふふふ、大した方ね、翼くんて。」
「お、お母様!」
「翼クン、それでもユリの事を考えてくれたのね。」
「ええ、まぁ、はい。」
「そう、たいした
「ええっと、まぁ、その~・・。
覚悟といえるほどのものはないかな?」
「?」
「まぁ、なんとかなるさ、的な感じ?
ユリさんが身を
「つ、翼くん・・。」
ユリは翼の言葉に、
母である喜美は、翼の回答に一瞬、
それはそうであろう、物の怪を相手にして何とかなるなど脳天気にも程がある。
喜美は翼の瞳を見つめた。
そこにはとぼけているが、男としての覚悟が見てとれたのだ。
ああ、この人、昔の公一郎さんに似ている、そう思った。
喜美は柔らかな
そして・・。
「ねぇ、翼くん。貴方はユリに魅力を感じないの?」
「な!! そんなはず、ないじゃないですか!!」
翼があまりにも勢い込んで言うものだから、喜美は上半身をのけぞらせた。
「あっ! す、すみませんお母さん・・・。」
「ふふふふふ、
そう、ユリの事が好きなのね。」
「え?! あ、いや、その・・、はい・・。」
「母親として、ユリのことを気に入っていただけて
それにユリのことを
ありがとう。」
「え?! あ、はぁ・・・。」
なんとも気が抜けた返事をする翼であった。
公一郎が口を開く。
「喜美、ユリ、翼クンは物の怪に対する対処方法を知りたいそうだ。
協力してやってくれ。」
「あらあら・・、まあ知っているにこした事はないわね。」
「お父様、それって・・。」
「そうだ、ユリが人身御供とならずともすむためにと、翼くんの提案だ。
つまり自分を守れるようになればいいだけの話しだと言い切ったんだ、彼は。」
喜美とユリは公一郎の言葉に目を見開いた。
そして喜美はポツンと
「なるほどね・・、そうね、それもいいかもしれないわね。」
ユリはというと複雑な顔をしていた。
「じゃあ、喜美、翼くんへの教育はお願いするよ。補助としてユリもな。」
「わかりましたわ、あなた。」
「はい・・、お父様。」
翼にとっては予想外の公一郎と喜美の会話であった。
おもわず翼が聞き返す。
「え? あれ? 教えてくれるのはお父さんの方ではないんですか?」
「
「あ、はい・・。」
「むさい男より、美人二人に教えてもらった方が
そういって公一郎はウインクをした。
なんとも様になっているウィンクである。
それを見て翼は負けたと思った。
なにに負けたかはわからないが、公一郎をカッコいいちょい悪
翼はたじたじとなりながら答えた。
「そ、それは、まぁ、そうですね。
教えてもらえるなら、美人二人の方がいいです。」
「ははははははは、そうだろう、そうだろう。
だがな、勘違いするなよ、喜美は儂よりも物の怪には詳しい。
そしてユリは小さい頃から物の怪に接しているからな。
この二人なら、翼クンの教育係りにふさわしいだろう?」
「そ、そうですね・・、では、お母さん、ユリさん、よろしくお願いします。」
「はい、承りました、翼クン。」
「翼クン、よろしくね。」
「あ、こちらこそよろしく・・。」
こうして翼は物の怪について、翌日、日曜日からユリの家で教えを受けることになった。
これから会社と物の怪の教育で
そのため、ユリと翼はデートに出かける事にした。
ユリの両親公認によるデートである。
ユリと翼を送り出した公一郎は喜美とリビングにいた。
喜美が入れたお茶を、公一郎は一口飲み、口を開いた。
「喜美、翼クンをどう見た?」
「今時、見ないタイプの男性ですね。」
「どうだ、お前の
「はい、合格です。」
「そうか・・。」
「で、貴方は?」
「儂か?」
「ええ、どう思いましたか。」
「父親としては、誰であろうとユリに近づけたくはないな。」
「またそのような事を。」
「だが、今回の件を考えると娘を差し出すしかないと覚悟していたのだが・・。」
「まあそうですね、そうせざるをえない事ですもの。」
「ああ、それをユリに気持ちがなければいらんとほざいたのには
親のひいき目だけでなく誰からも美人で可愛いといわれる娘だぞ?
それを自分を好きになってくれなければ、いらんなどと・・。」
「ほほほほほほほ、よい人と巡りあいましたね。」
「ああ、確かにな・・・。」
「で、どうされます?」
「さて困った事だ・・。」
「・・・。」
「たぶん翼は霊能力者として有能だ。できれば物の怪退治をしてもらいたいのだが・・。」
「無理でしょうね、優しすぎます。」
「そうだな・・、いままで同様、それはユリの仕事としよう。」
「ええ、そうですわね。」
「だがなぁ、ユリは物の怪退治の能力はさほどないからのう・・。」
「・・・。」
そういって二人はため息をついた。
一方デートに向かった翼は、その日は本当に幸せだった。
あこがれのユリとのデートが、昨日だけでなく今日もできたのだから。
しかし明日、ユリが鬼教官である事を知ることになる。
そして、それはユリの母親、喜美も同様であった。
それというのも物の怪の恐さを知っている二人だからこそ、鬼教官とならざるを得なかったのである。
ただし、しごかれて
それというのもアパートから会社、会社からユリの家、ユリの家からアパートまで、ユリが車で送迎してくれたからである。
これは翼が物の怪と遭遇しないための安全策であった。
そしてユリが安全を考慮していたためであろう・・、カッパに会って以来は物の怪と会うことはなかった。
春になるまでは・・・。