第4話

文字数 1,058文字

 昨日イケニエになりたてホヤホヤのゼカは沼の底でふてくされておりました。

 イケニエの儀の仕組みはこうです。まずは選ばれた者を沼のふちに立たせ、腰に荒縄を巻き付けると、先端を重石(おもし)がわりのニウベ像にくくりつけます。そしてそのまま背中を押されてドボン。

 沈んでいる間は深緑に濁った水が鼻から口から流れ込んできて苦しかったけれども、底に足がつく頃にはへっちゃらになっておりました。

 ユラユラとゆらめく視界には、苔に覆われた何体かの古い古いニウベ像と、奇妙でマヌケっぽい水棲生物のうごめく姿があります。彼らは自分と同じく、かつてイケニエに捧げられた元人間たちだと直感しました。

 なぜなら、ゼカもいつの間にやら彼らと同じ外見になり果てていたからです。

 お仲間たちは黙々と沼底の土をかきまぜています。こうすることで藻や水草がよく育ち、それらを集めて畑にまくと、とても質の良い土壌になるのです。この恵みこそ、沼が女神として祀られる所以(ゆえん)なのでした。

 使徒となったからにはゼカも彼らを見習わねばならないのでしょうが、今はまったくそんな気になれません。

 ニウベの愛情は確かに感じます。ええ、それはもうしっかりと。なにせ、彼女の身の内に抱かれているのですから。

「でも、これってさぁ……男女の愛情とかじゃなくて……」

「母親が子どもにそそぐ母性みたいなもの、って感じよね。あははっ、ザンネーン。わざわざイケニエにまでなったっていうのにね」

 一緒に沈んできたニウベ像が皮肉たっぷりに後を引き継ぎます。そりゃまぁそのとおりなんですけど、ニウベの顔で言われるとよけいシャクにさわるというか。

「……おまえ、石工にぞっこんなプレサだったっけ? おまえこそザンネーンだったな」

「なっ、何がっ」

 ゼカはわざとニヤニヤしながら、皮肉二倍増しで返してやりました。

「わざわざニウベの怒りを買って石にまでなってやったのに、想い人は筋金入りのニウベフェチ。オマケに、おまえの気持ちなんて丸無視なまま、イケニエの重石(おもし)として快く提供しちまうんだもんな〜? あーあ、みじめみじ――」

「う……ううぅ」

「めって、あ?」

「そっ、そんなの、自分が一番よくわかってるわよぅ! アイツは鈍感なフェチだけど、あたしもそれに輪をかけて愚かな恋愛脳だったんだからぁ! うわぁぁぁん! うわあぁんぁん!!」

「お、おい、悪かったよ……な、謝るからもう泣かないでくれよ。ほら、ナミダ出てないんだしさぁ」

 オロオロと謝るゼカを尻目に、石像にあるまじき元気さでプレサはいつまでも泣き続けるのでした――。
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