第4話 あした異世界転生を
文字数 1,979文字
そしてそんな負け犬にすら手を差し伸べるから、彼女は店員「ちゃん」なんて、僕に呼ばれるのだ。
「あのもしかしてですけど」
店員ちゃんがレジ台から身を乗り出していた。
「どこか別のところへ行かれるんですか」
出入口のガラス戸を半開きにしたまま僕は「はい」とだけ答える。なんだよはいって。
頭は例のごとくホワイトニングが施されており、何も浮かばない。ただ刺激に対してリアクションを返すだけ。
「じゃあ、どこのサーバーでプレーしているのか教えてくれませんか」
「さーばー?」
「はい、やってますよねコレ」
店員ちゃんがレジ脇に立てかけられているゲームカードの群れを指さす。iTunesカードやGoogleカードの隣に、そのMMORPGのゲームカードがあった。文字通りゲームをする日本人なら一度は目にしたことがある国産タイトルのMMORPGタイトルの一か月利用権。
彼女はそれを指さしていた。
僕が毎月のようにルーティーンで買っていたものの一つだ。
ガラス戸から手を離せないまま、うなずく。「はい」だからはいってなんだよおい。
「わたしも実はやってるんです。えっとメインタンクなんですけどね」
「それは貴重だね」
タンクとは進行役などを務めるプレイヤーが選べる職業の一つだ。主に盾役と回復役、攻撃役などがおり、盾役はダンジョンで先頭を切って進行しないといけないなどの重要度や責任感を与えられている職業のため日本人の性なのか、プレイ人口が少ない。
「ふふ。なので、あの即シャキなのでいつもすぐ遊べはするんですが」ゲーム内では自動でパーティを組むための機能があり、タンクはいつでもほぼすぐにパーティが組める。そのパーティが組めたときの効果音が「シャキーン」と甲高い音がなるため、そう呼ばれている。「知り合いっていうか。あまりフレンドはいないので。もし遊べるならって気になっていて。でもどこか行かれちゃうみたいなのでなので。よかったら、遊びませんか。一緒に」
伏し目がちに。目は合わせず。でもはっきり、と。店員ちゃんの言葉を僕はかみしめる。
手汗が尋常ではなくなったガラス戸から手を放す。
「はい。ヴァルファーレ鯖でやってます」「ヴァルですか。じゃあ同じジーニアスワールドですね、よかった遊べますね」「ですね」
僕らはキャラ名を教えあった。
「じゃあ今度は、ゲームで。あっちで会いましょう」
僕はまた「はいっ」とか口走り、彼女の笑顔とサヨナラの挨拶に押されるようにコンビニを出た。
コンビニの外では風が吹いている。軽く汗をかいたせいか肌寒い。それでも不快感や寒気を押しのける熱気に、僕は包まれていた。
あした、異世界転生するはずだった。でもしかし僕が異世界転生する理由なんて、大した理由はなかった。ただ現状がどうあってしまっても気にならない程度のものだったから、なんとなく少し環境を変えたい、ぐらいの感覚だった。あした死ぬかもしれないとしても大した葛藤が生まれないような人生だった。
あした死ぬかもしれないときに手紙を送る相手すら思い浮かばない。僕の人生はそういうたぐいのものだった。だから異世界転生できると聞いて食いついた。でももう転生する必要も死ぬ必要がなくなった。
名前もうろ覚えで、今日初めてまともに会話した程度の仲で、同じ趣味を共有しているだけなのに相手だけど。
ただ一分未満の時間を、女の子と会話のような言葉の投げ合いをしただけだけど。
それでもだ。
すくなくとも、今は僕は、あしたこの世からいなくなるときに、最後の手紙を送りたい相手に出会った。彼女になにもいわずにこの世からいなくなることは、異世界転生してしまうことは、まったく考えられない。だからいいのだ。
自分の出した答えに納得して僕は歩き出す。
あした異世界転生しないことにしたから、もうサヨナラはしない。
そしてすぐに立ち止まった。コンビニを振り返る。
ガラス戸の向こうに、店員ちゃんがまだこっちを覗いている様子がうかがえた。軽く遠目に眼が合ったような気がして、なんとなくそらす。
忘れていたことがあった。
まがりにも異世界転生してこの世からサヨナラする予定だったのだ。
ゲームカードの期限は切れている。新しくゲームカードを買って登録しないとゲームできない。店員ちゃんとも会えない。
新しく買わないといけない。
僕は悩む。また、コンビニへ突入しないといけないのか。
今さっきとは状況が違うとはいえ、それでもこれは、やはりかなりの男気が必要・・・。近くの別のコンビにあるからそっちいこうかな。
少し笑った。
普段は僕のどこにも存在しない何かが、ジワっと体と心から滲みだす。
僕は、それを噛みしめながら、歩き出す。コンビニへ向かって。
「あのもしかしてですけど」
店員ちゃんがレジ台から身を乗り出していた。
「どこか別のところへ行かれるんですか」
出入口のガラス戸を半開きにしたまま僕は「はい」とだけ答える。なんだよはいって。
頭は例のごとくホワイトニングが施されており、何も浮かばない。ただ刺激に対してリアクションを返すだけ。
「じゃあ、どこのサーバーでプレーしているのか教えてくれませんか」
「さーばー?」
「はい、やってますよねコレ」
店員ちゃんがレジ脇に立てかけられているゲームカードの群れを指さす。iTunesカードやGoogleカードの隣に、そのMMORPGのゲームカードがあった。文字通りゲームをする日本人なら一度は目にしたことがある国産タイトルのMMORPGタイトルの一か月利用権。
彼女はそれを指さしていた。
僕が毎月のようにルーティーンで買っていたものの一つだ。
ガラス戸から手を離せないまま、うなずく。「はい」だからはいってなんだよおい。
「わたしも実はやってるんです。えっとメインタンクなんですけどね」
「それは貴重だね」
タンクとは進行役などを務めるプレイヤーが選べる職業の一つだ。主に盾役と回復役、攻撃役などがおり、盾役はダンジョンで先頭を切って進行しないといけないなどの重要度や責任感を与えられている職業のため日本人の性なのか、プレイ人口が少ない。
「ふふ。なので、あの即シャキなのでいつもすぐ遊べはするんですが」ゲーム内では自動でパーティを組むための機能があり、タンクはいつでもほぼすぐにパーティが組める。そのパーティが組めたときの効果音が「シャキーン」と甲高い音がなるため、そう呼ばれている。「知り合いっていうか。あまりフレンドはいないので。もし遊べるならって気になっていて。でもどこか行かれちゃうみたいなのでなので。よかったら、遊びませんか。一緒に」
伏し目がちに。目は合わせず。でもはっきり、と。店員ちゃんの言葉を僕はかみしめる。
手汗が尋常ではなくなったガラス戸から手を放す。
「はい。ヴァルファーレ鯖でやってます」「ヴァルですか。じゃあ同じジーニアスワールドですね、よかった遊べますね」「ですね」
僕らはキャラ名を教えあった。
「じゃあ今度は、ゲームで。あっちで会いましょう」
僕はまた「はいっ」とか口走り、彼女の笑顔とサヨナラの挨拶に押されるようにコンビニを出た。
コンビニの外では風が吹いている。軽く汗をかいたせいか肌寒い。それでも不快感や寒気を押しのける熱気に、僕は包まれていた。
あした、異世界転生するはずだった。でもしかし僕が異世界転生する理由なんて、大した理由はなかった。ただ現状がどうあってしまっても気にならない程度のものだったから、なんとなく少し環境を変えたい、ぐらいの感覚だった。あした死ぬかもしれないとしても大した葛藤が生まれないような人生だった。
あした死ぬかもしれないときに手紙を送る相手すら思い浮かばない。僕の人生はそういうたぐいのものだった。だから異世界転生できると聞いて食いついた。でももう転生する必要も死ぬ必要がなくなった。
名前もうろ覚えで、今日初めてまともに会話した程度の仲で、同じ趣味を共有しているだけなのに相手だけど。
ただ一分未満の時間を、女の子と会話のような言葉の投げ合いをしただけだけど。
それでもだ。
すくなくとも、今は僕は、あしたこの世からいなくなるときに、最後の手紙を送りたい相手に出会った。彼女になにもいわずにこの世からいなくなることは、異世界転生してしまうことは、まったく考えられない。だからいいのだ。
自分の出した答えに納得して僕は歩き出す。
あした異世界転生しないことにしたから、もうサヨナラはしない。
そしてすぐに立ち止まった。コンビニを振り返る。
ガラス戸の向こうに、店員ちゃんがまだこっちを覗いている様子がうかがえた。軽く遠目に眼が合ったような気がして、なんとなくそらす。
忘れていたことがあった。
まがりにも異世界転生してこの世からサヨナラする予定だったのだ。
ゲームカードの期限は切れている。新しくゲームカードを買って登録しないとゲームできない。店員ちゃんとも会えない。
新しく買わないといけない。
僕は悩む。また、コンビニへ突入しないといけないのか。
今さっきとは状況が違うとはいえ、それでもこれは、やはりかなりの男気が必要・・・。近くの別のコンビにあるからそっちいこうかな。
少し笑った。
普段は僕のどこにも存在しない何かが、ジワっと体と心から滲みだす。
僕は、それを噛みしめながら、歩き出す。コンビニへ向かって。