第5話

文字数 9,130文字

 扉を叩く音を受けて干し芋を口の中で弄んでいた三笠は、食器を洗っている祖母の代わりに玄関に出た。
 古い家屋であり、またそれほど来客も無ければ周囲は誰も彼も顔見知りで、これと言って警戒するような相手のいない田舎も田舎なので、インターホンなどという便利な道具はこの家には当然のように無い。
 代わりに曇りガラスを多く使われた玄関扉から覗く客人の影を見て、壁に立てかけてある農具を手に持つかどうか決めるのだ。
 「こんにちはー。」
 家の者が玄関まで来たことを敏感に察知したカラフルな影は快活な声で挨拶を行った。
 三笠には忘れるはずもない声。
 つい先日、助けてくれた何かと縁のある人物の声に似ている。
 「お、昨日ぶりだね。言った通り話を聞きに来たよ。」
 「こんにちは。」
 「ちわーっす。」
 「よろしくお願いします。」
 美紀に続けて後ろの三人が口々に挨拶をする。
 勿論、どれも見たことのある顔だ。
 前に三笠にぶつかった男、控えめな女性、落ち着いた男。全員が前に山の駐車場近くのお土産屋で見かけた人物だ。
 何故彼らが、という疑問の答えは美紀の言う通り昨日まで遡る。
 黄蘗の事を信じてくれたはいいが、それだけで見えるようになるほど世の中は単純じゃない。
 美紀は沢山話したいことがあると言ったが、いちいち三笠を仲介して黄蘗の言葉を伝えると言うのも効率が悪く、また話の内容もどのような信仰の形であったかとか、祟りなどを恐れられてはいなかったのかなど黄蘗側からはなんとも答えにくい問いが多かった。
 そのため、――黄蘗が面倒臭がったのもあるが――人間から聞くのが一番良いだろうと言うことになり後日改めて三笠の祖母を尋ねるということになったのだ。
 その後日がまさか翌日であるとは流石の三笠も予想はしていなかったが。
 一瞬の間の後に結論を決めた三笠は、四人を家の中へと通し祖母を呼んだ。
 既にほとんど仕事を終えていた祖母は、簡単に説明するとすぐ客人のいる居間へ来てくれた。
 顔が揃った所で三笠は祖母を紹介する。
 とは言っても、見ず知らずの赤の他人というわけでもないのだから、それほど丁寧に説明する必要もない。
 祖母の名前を告げ、続くように四人、美紀、風香、真治、重吾が簡単な自己紹介を終えたところで話は目的の方へ切り替わる。
 「実は僕たち、地方の伝承や民間信仰なんかを研究している集まりなんです。」
 そう語ったのは真治だ。
 この国に数多と存在する地元でのみ知られる土着の信仰。
 神社合祀や過疎化の影響でドンドンと地方の小さな神々や伝承が失われて行く中、失われた人々の思いをせめて記録として残したい。それが彼らの集まった理由らしい。
 「最近は神社だけではなくて、お坊さんたちが修行に使ったと思われる場所の調査なんかもしています。忘れられていった修行僧たちが何を考え、何を成そうとしていたのかというのも非常に興味深い題材なので。」
 「この間の山、実は六百年くらい前にお坊さんたちが登っていたらしいんだよね。それが修行のためなのか、それとも何か信仰するものがそこにあったのか。それを確かめるために行ってたんだ。」
 美紀が三笠の方を向いて補足するように、あの場に来ていた理由を付け加えた。
 山の方へ向かう人々はかなりしっかりした装備に身を固めていたので、もし修行に使っていたのだとしても納得だ。
 「それで、この辺りにはもう一つ。美紀さんのお婆さんが昔住んでいた場所であることを思い出しまして、ついでに調査しようと言うことになったんです。」
 「お婆ちゃんはキハダ様っていう狐の女の子の話をいつもしていました。子供にしか見えない不思議な存在。大昔からこの辺りで信じられてきた存在で、今はもうほとんどの人が憶えていない忘れられた神様。……今日は、三笠君からアナタならキハダ様の事を知っていると聞いて、お話を伺いに来たんです。」
 まっすぐに美紀は祖母を見る。
 息の声すら聞こえなくなるほどの静寂に一瞬居間が包まれ、布の擦れる音によりそれは破られる。音の主、祖母は黙ったまま立ち上がり部屋から出て行った。
 溜息を吐く真治、天井を見上げる重吾、何も変わらない風香、そして残念そうな顔の美紀。
 四人が立ち上がろうとしたところで祖母は部屋へ戻って来た。
 手にはお盆を持ち、その上には六つの湯飲みと、いつもより少し大きいお皿が一枚。
 山盛りの干し芋が甘い匂いを放っていた。

 祖母は三笠に聞かせたもの以外にも沢山のキハダ様の話をした。
 多くは祖母自身の経験ではなく、祖母の祖母が語って聞かせてくれた話しらしい。
 不作の田を黄金色に染めたとか、困っていたネズミの姿が翌日には消えていたとか、不治の病を抱えて生まれた赤子をあっという間に癒して見せたなど、まさに口伝で残る伝承といった風の話が多かった。
 だが不思議と黄蘗なら本当にそのようなことをやってのけるのではないか、と当人の姿を知っている三笠には思える。
 話は尽きず、四人のうち三人はとても真剣に話を聞き開かれた真っ白なノートを真っ黒に染め上げていた。ただ一人、重吾だけは持ったペンを指で弄ぶばかりで何かを書こうと言うそぶりは今のところ見せていない。
 こっそり覗いてみると、欲しいもの感想が端の方に書かれているだけだった。
 祖母がお茶を飲み、一区切りついたところで視線を巡らせていた重吾は縁側の端に置かれていた三笠の練習結果に気が付く。
 「ちょっと失礼。」と一言断りを入れてから膝立ちで向かい、板に打たれ曲がった釘をしげしげと眺める。
 「これ、お婆ちゃんがやったんですか?」
 「それは三笠君が練習に使っているものですが。」
 「ほうほう、これは君がやったものなのか。」
 何度も何かに納得するかのように首を縦に振り、グルグルと釘の刺さった角材を回して見る。
 角材を元の位置に置くと、重吾は三笠を手招きした。
 「なあ君、大工仕事に興味があるのか?」
 「えっと、興味があるっていうか、直したいものがあるんです。」
 「なるほどなるほど。んじゃ、せっかくだし俺が少し教えてやろうか?」
 「え、教えるって?」
 重吾の提案にポカンと口を開いて三笠はその顔を見る。
 冗談ではなさそうだ。
 「俺の実家は大工だからさ、小さいころから金槌の扱いとか散々練習させられているわけ。なんだか美紀が世話になってるみたいだし、この間のお詫びも兼ねてな。少しくらいなら教えてやれることもあると思うし。」
 「……さては飽きてたな?」
 「ち、ちげーし! 俺は努力する子供の夢を叶えてやろうとだな――。」
 美紀と重吾の応酬に慎吾はやれやれと溜息、風香は何も変わらないままかと思ったら僅かにモグモグと口を動かしていた。
 三人が再び昔話の方へ戻った後、重吾と二人で話の邪魔にならないように庭に出た。
 「いいか、釘を打つ時は木目や節に注意しないといけないんだ。」
 そう言って祖父から好きに使ってよいと言われていた木材の一つ、指くらいの厚さの板を一枚持って重吾はそれぞれの部分を指さした。
 「特に節は注意した方がいい。スンゲー硬いしこう、抜けることもある。」
 カン、と気持ちの良い音と共に重吾が金槌で叩くと節はすっぽりと抜け落ちて穴が開く。
 まるでやすりでも掛けたかのようにささくれの一つも無い、小指なら通り抜けられる大きさの穴。これはこれで何かに仕えそうだ。
 「基本的に工作レべルならキリなんかで細い穴を開けてから釘を打った方がいいぜ。そっちの方が真っすぐ打てるし、木材が割れる心配もしなくて済むからな。時間は直にやるより少しかかっちまうけど。」
 「キリがない時は?」
 「慎重に打ち込むしかないな。釘をねじ込むって手も無いわけじゃないが、アレは手が痛くなるからあんまりオススメできねーなー。」
 そう言いつつ重吾はやって見せてくれる。
 ポイントは先端が四角くなっている釘を使うところらしい。
 「釘打ちの一番のポイントは力加減だ。強すぎると狙いが付け難くてあぶねーし疲れやすい。でも弱すぎると上手く刺さっていかねーし木に与える負担も大きくなる。どの木にはどのくらいの力加減でやるのが良いのかってのは、もう完全に感覚の話になっちまうから教えられねーんだけど、最初はなるべく柔らかい木を使って練習した方がいいな。」
 そうして重吾監修の下で三笠の釘打ち練習は始まった。
 祖父に教わったことは間違いではないようで、基本的に釘の打ち方に関しては特に注意されるところは無く、むしろ褒めてくれることも少なくなかった。
 ただ木のどの部分に釘を打つか、という一歩進んだところは殆ど出来ていない。
 そもそも釘を打つと言う事は板同士を組み合わせるために行うものであるから、何処にどのくらいの長さ太さの釘を使うかというのは大切なところだ。一枚の板に打つのと、その板と角材をしっかりと固定するのとでは全く別物だ。釘を打った時の感触が板を一枚抜けた先で変わってしまうのだから。
 まっすぐ打っても釘の先が角材の端っこにかするだけであったり、逆に斜めに刺さっているのにビクともしないほどしっかりと固定されていたり、釘だけ抑えていた手は板と角材がズレないために使われたり、金槌を響かせるたびにズレる木材の位置取りを直したり、兎に角やることが多い。
 お手本として重吾がやると非常に簡単そうに見えるが、自分でやってみるとこれほどまでに難しいものなのかと驚きを隠せない。
 「そろそろ休憩だな。」
 振り上げた金槌を取り上げつつ重吾はそう言った。
 「まだ出来ますけど。」
 「いい仕事は疲れの溜まった状態じゃ出来ないんだぜ。釘に当たる金槌の回数が微妙に減ってるし、腕の動きもぎこちなさが出て来た。あんまり無理してやっても怪我するだけだし、そんな簡単に何でも出来るようになるわけがないからな。」
 「そういうものですか?」
 「そういうものだぜ。俺は勉強の事とかあんまり分かんねーけど、体を使った事に関してはハッキリ言える。余程の理由がないなら疲れた時はすっぱり止めた方が最終的には良いものが出来るのさ。」
 得意げに話す重吾に三笠は頷く。
 固まった筋肉をほぐすように手を握ったり開いたりを数度繰り返す。どうやら自分が想像していたよりもずっと手は疲れていた。
 今日はここまでと決めて家の方に戻ると、一通りの話を聞き終えた三人が祖母を質問攻めにしているところだった。驚くべきことに祖母は口々に繰り出される質問一つ一つを正確に聞き分けて正確に受け答えを行っており、おおよそ三笠の知る普段の祖母からは想像もつかない姿がそこにあった。
 「お帰りなさい。静かになったからそろそろだと思っていましたよ。」
 戻った二人にニッコリと微笑む祖母は、どこか格好よく見えた。
 
 日は徐々に赤みを帯び影が長く伸び始めた。
 まだ暑さ熱気が横暴に振舞い続けることを止める気配はなく、蝉はそれを煽るように騒ぎ立て続けている。朝は活き活きとしていた草花の色が少し褪せて見えるのは、太陽から降り注ぐ光りの加減が変わったからというだけではないだろう。
 「そろそろ失礼します。長い時間お付き合い頂きありがとうございました。」
 真治がそう切り出したのを切っ掛けに他の三人も帰り支度を始める。
 広げたノートをカバンに仕舞い飲みかけたお茶を飲み干して、美紀と重吾は干し芋を切れ端まで食べつくした。手慣れた様子でもたつくことは無く五分もせずに帰り支度は終わる。
 「それでは。」
 改めて四人で祖母に感謝の言葉を告げて部屋から出ようとした時、玄関の扉がガラガラと音を立てて開き、見送りのため部屋から出かかっていた三笠は見慣れた一人と見慣れない二人の姿を見た。
 「婆さん、道を尋ねたいそうなんだが良いかね?」
 そう言う祖父の後ろに立っているのは黒い服に身を包んだ男女。
 一人は非常にガタイの良い男で、決して小さくはないはずの祖父が成長途中の学生のような身長に見えてしまう。もう一人の女は落ち着いたと言うよりも冷たいと言う言葉が合いそうな鋭い目で睨むように屋内の人物を見ていた。
 三笠は息をのむ。
 その姿は忘れるはずもない昨日の黒服の二人。
 同じように気が付いた様子の美紀は三笠を隠すように立ち位置をズラし、睨むように二人をニコリともせず見ている。
 「お爺さん、その方々は?」
 「この辺の事を調べている研究者の方々らしい。なんでも古い社や石碑なんかを調査して保存するのが仕事だとか。」
 「そうですか、それはまぁ随分と偉い仕事をしてい――。」
 「嘘だ。」
 祖父母の会話に割って入ったのは美紀だ。
 「そいつらは別に社も石碑も調べてない。」
 「はて、何の事やらまったく身に覚えがありませんが。人違いでは?」
 「人違いなもんか。昨日の今日でその顔を忘れるわけないじゃん。」
 「ふむ。余程似た人たちに会ったようですね。しかし我々がここに来たのはつい先ほど、昨日の事と言われても身に覚えなんかありませんよ。」
 淡々と話す女。その後ろに立つ大男の顔は僅かながら嘲笑するように口の端を釣り上げている。
 「もしかして彼らが昨日、美紀が言っていた人たちですか。」
 真治の言葉に美紀が頷く。
 「調べといたよ。真治に無理矢理付き合わされた。」
 「無理矢理では無かったでしょう。ちゃんと報酬を提示し取引したはずです。」
 「あのパフェは完全に景品表示法違反、だから報酬は不十分。」
 「ああそうですか。ではまた後程納得のいくまで支払いますので……調査結果の方をお願いしますよ。さて、どこから話したものか――とりあえず、皆さんが怪しい者であるという所を証明しましょうか。」
 言い終わるのが早いか。おそらくコッソリ外を回って来たのだろう、いつの間にか二人の後ろに回り込んでいた重吾がポンと大男の左肩を叩き、それに反応するのを見越して死角に入りながら右わきを通り抜けてくる。その手には気が付けば何らかの紋様の印刷された名刺入れが握られていた。
 「ええっと何々? ブゴート神教教徒タダモリウボリ。こいつは随分と良い紙を使ってるじゃないか。」
 「返せ!」
 「ほいほい。」
 重吾は慌てて捕まえようと手を伸ばしたウボリに放り投げるように名刺入れを寄越して、さっさと真治達の所まで戻ってきた。「手癖が悪い。」と風香に言われて傷ついたような顔で何か必死に言い訳を行っている。
 「ブゴート神教、最近できたブゴート神と言う神のみを唯一の神として崇める宗教団体。規模は非常に小さく教徒の数も百に届かない程度の勢力ですが、非常に過激で警察からも要注意団体としてマークされているという噂もありますね。」
 「主な活動は日本中に点在する宗教シンボルの破壊。狙いうのが小さなお社だったり道祖神だったりするのは、大きなものだと警備が厳しいからだって元教徒を名乗る人がネットで暴露してた。他にも改宗と言いながら誘拐や監禁紛いの事も良くしてるって話。」
 「ふーん。そんで、昨日は三笠君に目を付けたけど私に邪魔されたってわけね。」
 三笠に目を付けた。
 その言葉に祖父母の表情が激変する。
 困惑、驚き、そして怒り。
 祖母は冷たく畑を荒らす害獣を見るような目、祖父は形相を浮かべる鬼ですら裸足で逃げ出しそうなほどの憤怒。
 「アンタら、ワシらの孫に手を出したのか?」
 「……。」
 ウボリは無言のまま庇うように女を後ろに回し、徐々に後ずさるようにして開きっぱなしのドア、外と内の境界線まで移動した。
 「答えんかい!」
 「私達は間違った人々を正しき神の御許へ導いているにすぎません。」
 口を開いたのは女の方だ。
 「汚らわしい偽りの神、悪魔どもを崇拝する邪教の徒であっても私達の神は寛容です。悔い改め心を清く浄化すれば受け入れてくださるのです。その有難みを理解できない愚者たちのために仕方なく我らは神より与えられし権力を用いているにすぎません。悪魔を排し、全ての人間が人間となって神を信ずれば世界は光に包まれるのです。争いは無くなり、人々は互いに愛し合い、おぞましき悪魔を意地でも崇拝する邪悪な連中は地獄の業火により永遠の苦しみを与えられるのです。救済です。全ては救済のために行わなければ――。」
 徐々に声に熱が入り口が早くなった。
 一つ言い終わるよりも先に次の言葉が出て来ているのではないかと錯覚するほどに詰め込まれた言葉、間に呼吸をする暇など当然なく最後は掠れて声にもならない声を無理矢理に聞き取れるよう絞り出したような音。
 異常。
 三笠にはそうとしか思えない。
 「変ですね。」
 「……なんですって?」
 真治は淡々と、そして何の悪意も感じさせない純粋な子供のように問いかける。
 「今の話、つまりは従う気のない相手は永遠に苦しめると言う事ですよね。寛容と言う割には、随分と心の狭い行いではないですか?」
 「神を愚弄するのか!」
 「純粋な疑問ですよ。悪魔を崇拝する邪教徒にも寛容と言いながら、意地でも崇拝するなら永遠に業火で永遠に苦しめる。いったいこれのどこが寛容なんだろうって普通は考えるものじゃありませんか? だって、要は気に入らない奴はずっと苦しめ、という事でしょう?」
 三笠も真治の言葉に同意する。
 真に寛容ならば、例え自分たちにとって間違った事をしていようと責め立てるような事はしないものではないのか。どうしても考えの合わない相手は何処にでもいる。そういうことを受け入れるのが寛容というものではないのだろうか。

 「黙れ!!!!!!」

 鼓膜が割れそうなほど大きな怒鳴り声。
 「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

 ウボリの後ろから聞こえる声は明らかに正気を失っているとしか思えない。
 同じように怒りに目を燃え上がらせていても、まだ目の前の大男の方が理性を保っているとハッキリわかる。何しろ、その背中をドンドンと力の加減もせず叩いている嵐から三笠達を守っているのだから。
 もし彼がいなければ、今頃あの女がどのように暴れていたか。
 まだ玄関に立っている祖父がどのような目に合っていたか分からない。
 「お引き取り下さい。」
 冷たくハッキリとした声で祖母が言った。
 「アナタ方が何を考えようと自由ですが、私達には私達の考えと暮らしがあります。それをご理解いただけないのでしたら、こちらにも相応の対応というものがあります。」
 「……そちらの答えは分かった。」
 短く男は答え、背中で未だ怒りの収まらない女を押し出すようにして外へ出て扉を閉めた。
 「ふぅ……。」
 フッと力が抜けたように揺れた祖母の体を反射的に三笠は支える。
 「だ、大丈夫!?」
 「ええ、少し気を張りすぎただけです。大丈夫ですよ。」
 玄関を真っ赤な顔で睨んだままの祖父も、向こう側からの人の気配が完全になくなり少ししてから祖母の元へ来た。
 「昨日、何があったのか話してくれるか?」
 祖父の言葉に美紀は頷く。
 もっとも、話すと言ってもそれほど長くなるわけじゃない。
 連れ去られそうになった。
 その一言で祖父母への説明は十分すぎるほどだ。
 本当にそれが連れ去ろうとしていたのかは、真治や風香の話から恐らく間違いないだろうと言うことが断定される。
 「アイツら、調べた感じだと本当にロクでもない連中だからなるべく警戒した方が良いと思うよ。問題もかなり起こしてるし。」
 「わざわざこんな所に来なくてもいいものを。」
 呆れと疲れが複雑に混ざり合った息を吐きだし、祖父は天井を見上げる。
 それから「明日、この辺のもんに注意を呼び掛けとく。」ということで話は終わった。
 祖父の知る限り最近唐突にいなくなった人や性格が急変した人の話は無い事から、おそらくは三笠が最初の標的だったのだろう。子供だから狙いやすいと思ったのか、それとも来たばかりのところに偶然出くわしたからなのかは分からない。しかし今回の事で相当向こうを怒らせてしまっているので、今後は外を出歩くとき伝言を残しておく、携帯で警察にいつでも電話できるようにしておくなど注意した方が良いだろう。
 ちょっとした騒ぎの後で直ぐに出て行かせるのも気が引ける。
 そういう判断で、もう一杯だけ美紀たちはお茶をごちそうになった。
 日はいっそう傾き、世界は橙色に染め上げられていく。
 どんどんと色あせていく景色の中に溶け込んでいく四人を三笠は玄関で見送った。
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