第9話 笹山雄一の過去

文字数 721文字

笹山雄一は、神戸に生まれ、父の死により、中学生の頃に母の故郷であるこの村にやって来た。元の学校では卓球部に所属していて、少し陰気なところはあるものの、どこにでもいる普通の少年だった。三人兄弟の長男に当たり、歳の離れた弟と妹をよく可愛がっていた。

転機は、転校から三ヶ月が過ぎた時に訪れた。
休日の部活動を終えて帰宅すると、小学一年の弟は友達と遊びに行ったっきりまだ帰宅しておらず、いつも祖母のそばにいる三歳の妹も見当たらなかった。

ひとしきり家内を探したあとで、「ばあちゃん、(あずさ)は?」と台所で昼飯を作る祖母に聞くと、祖母は「おもてさ、行ったよ」とフライパンで炒め物をしながら答えた。

雄一は再度靴を履き、家の前を念のためもう一度確認した後で、家の裏に回った。そこで人影を見付けた。梓のものではない、大きな男の人影を。

咄嗟に後退ってしまい、砂のかむ音が鳴り、そして人影が振り返る。雄一は唖然とした。その者の顔は、猫の顔をしていた。形容ではなく、毛が生え、目玉の色までもが三毛猫のそれだった。

振り返った拍子に、その猫男が抱えているもの−−−幼子の頭部が見えて、直感的に妹と分かった雄一は、「うわーっ」と叫び声を上げた。猫男は瞬時に、腕に抱えたモノを側の井戸へと投げ込んだ。


「井戸の蓋が何故か開いていたんだ。重い鉄製の蓋は子供の力で開くわけがないのに、警察は遊んでいる中での転落事故として処理した。誰も俺のいうことを真面目に取り合ってはくれなかった。翁一郎さんを除いてな」

笹山は普段と違い、悲しそうな顔を浮かべながら訥々と喋った。先程社務所にて藤田が「雄一君みたいな話だ」と言ったことを覚えていた正裕は、帰り道の途中でそのことを尋ね、笹山が答えたのだった。
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