第10話 親父

文字数 1,105文字

正裕が藤田と会った翌日、正裕の父である佐々木一郎は郵便局で茶を啜っていた。郵便局には村長を務める小川勝雄(かつお)がおり、村の住人周りを先週終えた一郎は、仕事の一環として情報収集にきたのだった。

「そう言いましてもなあ、この村はほとんどが年金暮らしで貧しい生活ですからなあ」
「若い人もいるのでは?」
「いやいや、若い人らも、ほら笹山さんの家なんかもね、稼ぎに町まで出ておりますがね」
「笹山さん?」
「ほら、お宅のお子さんと仲良くしてる雄一君のところですわ」
「いやあ、そうでしたか。息子はあまり学校の話をしないもんで」
「そうですかあ。まあ、ほんでね、この村は七割くらいは年金暮らしで、残りが学生親子ですから。外貨として入るのは、年金とほんのちょっとのパート代くらい。逆に出ていくのは、隣町のスーパーマーケットにガソリン、インフラ関係ってな具合で。出入りがそれしかないもんですから、"こんさるたんと"っていうても雇う金も、相談するような話もないんですなあ」
「何でもいいんですがね」

一郎は必死に事業の取っ掛かりを探そうとしていた。一郎は会社内部の奸計にかかり、左遷としてこの寒村に送り込まれた。パワハラで休職した元部下を助けようとしたことによるもので、ゆえに退職すれば狡い人間の手段が肯定されてしまうことになると意地を張り、一郎は退職せずに異動することにした。誰もが不可能だと高を括るこの村で、利益を上げ、そして本社に戻る。一郎はそう決意していた。

しかし、妻は平社員並みの給料となった一郎と僻地へ行くことを嫌い、一郎と離縁した。息子も着いてこないだろうと思ったが、そこは意外だった。ここに来るまでいくつも自分の決断に不安を覚える夜があったが、息子の存在が支えとなった。息子に後悔させないためにも、一郎は必死になっていた。

「うーん、そうは言ってもねえ。ちっちゃい困り事はほとんど藤田さんに相談しますしねえ」
「藤田さん?」
「ああ、えっと伏釜山の神主さんですわ。まだ会っとらんのですか?」
「いや、一度少しだけお会いしてます。転校手続きで前に学校来たも藤田さんの名前が出ましてね、藤田さんのところに寄ったんですよ。立派な方ですね」
「そうやろ?立派でしたろ?」
「ええ、とても。皆さんが信頼するのも分かります」
「そうでしょう!」

一郎は、藤田のことがどこか生理的に好まれないものの、村の主柱(しゅちゅう)となっている人間を否定することはしなかった。その後、小川は意気揚々と藤田の思い出話を始めた。一郎は藤田という人間を知ろうと、小川から話を引き出してから、いい塩梅のところで藤田のアポイントメントを小川にお願いした。小川は快く引き受けて、会う約束を取り付けた。
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