第1話

文字数 2,784文字

 それから学校生活は平穏に続いた。
 最初は戸惑ってばかりだった学校や寮も、二か月経つ頃にはようやく慣れ始め、厳しいながらも余裕が生まれだしたころだった。スナイプは相変わらず嫌味を言いながら、何かにつけて減点させるし、マクドナルドも気を抜けばすぐに宿題を追加された。唯一のオアシスと言えばクイール先生の美術の時間で、時には半分寝ていたにも関わらず、合格点をくれたこともあった。
 食いデッチの方はというと、TTKの扱いは上達したものの、早食いの方はからっきしだった。
 それでも初めの頃に比べればまだ早くなった方で、給食の時間はクラスで一、二を争うほどになった。だが、どうしてもピーマンが克服できず、これが入ったメニューは、残さないまでも、どうしても遅くなってしまう。試合に出るのはまだまだ先だろうが、その時はピーマンが出ないことを祈るしかない。

 七月も下旬になり、ホルワースは夏休みに入った。マーズイー家には一週間だけ顔を出すと、すぐにとんぼ返りした。
 毎日朝から晩まで食いデッチの練習が続き、ようやく板についてきた。九月になれば新学期が始まり、その一週間後には校内対抗の試合が行われる予定になっている。
 ポリーはジリヒンダーヨの代表として参加する事となった。一年生が代表に選ばれるのは二十年ぶりらしく、周囲からの期待も小さくない。
 優勝とまではいかなくとも、せめて悪い結果を残さないように練習に励んだ。これまで以上に走り込みを行い、筋トレにも熱を入れる。TTKの扱いも格段に上達し、少なくとも直線でのスピードは誰にも負けない自信があった。もちろん早食いの特訓も忘れない。相変わらずピーマンを攻略することは出来なかったが、それでも我慢すれば食べられないことは無かった。

 新学期を迎え、いよいよ大会当日を迎える。プロではないのだからコースも短く、本来であれば一周一キロメートルのところを、ホルワースのルールでは一周が五百メートルになり、食事ポイントも二か所。当然のごとく、メニューはランダムで、試合ごとに変わる仕組みだ。
 普段は目立たない食いデッチも、この日ばかりは違っていた……はずだったのに、観客は全部で二十人程。聞いていた話とは全然違う。これでも多い方で、去年は一桁だったらしい。さすがはマイナー競技である。
 観客の中には校長のダブツイタドアやマクドナルド、それにクイールの姿もあった。しかし、ひときわ目に引いたのがハグヤッダであった。彼はその巨体を震わせながらポリーの名を連呼している。隣にいたボンとハーナイヨネーは、恥ずかしそうに身を縮めていた。
 参加する選手はひとチームあたり五人。それが四チームなので総勢二十人となる。ポリーはアンカーを任された。
 まずは先輩たちがスタートラインに立つとTTKにまたがり、審判を務めるJ・Kがスターターピストルを鳴らした。
 一斉に飛び出すと瞬く間にコーナーを曲がり、最初の食事ポイントに着いた。今回のメニューはナポリタンらしく、みなフォークを絡めながら麺をすすりだす。最初に抜け出したのはズイブンクローの選手で、それにハッスルパパが続いた。三番手はスリジャナイで、最後にようやくジリヒンダーヨが食べ終わった。
 二番目の食事ポイントはハンバーグだった。しかもきちんとナイフとフォークを使わなければならない。ここでもズイブンクローがトップだったが、二番目はスリジャナイだった。逆転を許したハッスルパパは、それでもジリヒンダーヨとは大差をつけて三位だった。
 ジリヒンダーヨ代表の選手は、途中でナイフを落としてしまい、十秒のペナルティとなったのが最大の原因だ。
 それから四番目の選手たちがゴールする頃、得点は高い順にスリジャナイ、ハッスルパパ、ズイブンクロー、そして最下位はジリヒンダーヨであった。
 それが三回続いた後、最後の走者となるポリーはTTKを握りしめながらスタートラインに立つ。ハグヤッダの声援がさらに大きくなる。気が付くとスナイプの姿もあった。彼は観覧席の隣に立ちながら、まるで何かを企んでいるかのように怪しい目を向けている。
 いよいよスタートの火ぶたが切って落とされると、ポリーは一瞬体勢を崩したものの、すぐに持ち直し、二番手で食事ポイントに到達した。今回のメニューはラーメン。熱いものは得意では無かったが、それでも練習の甲斐があって滞りなく食べ終わることができた。
 それでも二番のままだったが、次の直線でスリジャナイを抜かした。
 トップのままで最後の食事ポイントに着くと、それはトムヤムクンだった。熱いものが二回も続き、しかも酸っぱさが尋常ではなかった。しかし、一番厄介なのは何故かピーマンの味がした事だ。ピーマンの入ったトムヤムクンなんて聞いたことがない。見たところそれらしきものは入っていないので、気のせいかとも思ったが、やはり確実にピーマンの味がする。おそらくピーマンのエキスが入れられているのだろう。
 ポリーは不安定な恰好で鼻をつまみながら一気に掻き込んだ。それでも苦戦せずにはいられない。結局食べ終わる頃には三位に陥落していた。
 その後もスピードが乗らず、ゴールした時には結局最下位。ハグヤッダからは落胆の声が聞こえてきた。
 寮ごとの順位もそのままで、優勝はスリジャナイだった。
大会後、一緒に飛んだ他の選手に訊いたところ、トムヤムクンにピーマンの味はしなかったらしい。きっとポリーの器にだけ入れられたのだろうが、既に完食していて証明するのは困難と思えた。
 ポリーは落胆を憶えながらトボトボと更衣室に向かっていると、不意に誰かとぶつかった。
「しっかり前を向いて歩きたまえ、ミスター・ハッター」それはスナイプだった。彼は何かの瓶を落とすと、急いでそれを拾いあげ、慌てるようにマントの下へ隠した。
「ごめんなさい。以後気を付けます」頭を下げると、スナイプは何も言わずに去っていった。
 だが、ポリーは見逃さなかった。彼の落とした瓶にピーマンのラベルが貼ってあったのを。きっと奴がトムヤムクンに入れたに違いない。だが、仮に問いただしたとこで、しらを切られるのが関の山。ここは我慢するほかなかった。

 その日の夜、ポリーはボンと共にハグヤッダの小屋に招かれた。ハグヤッダは残念会と称していたが、ポリーたちにとっては、強烈なハグと不味い料理の方が残念であった。
「惜しかったなな。だが、まだ一年生だ。また来年頑張ればいいさ」その慰めは嬉しかった。ボンも同様の言葉を吐き、三人は謎のドリンクで乾杯をした。それからスナイプの怪しい行動について語ったが、ボンは同意するものの、ハグヤッダは「スナイプ先生がそんな事をするはずがない。きっと偶然だろう」と、彼の弁護に回った。
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