第6話

文字数 2,334文字

 あれから毎日のようにJ・Kから勧誘されたが、どう答えてよいものやら、未だに返事をこまねいている。あれからボンと相談したところ、どうやら食いデッチはかなりのマイナースポーツらしく、人気はさほどないようだ。
 ――なるほど、そういうからくりだったのか。おかしいと思った。あまり運動神経が良いとは言えないのに、勝手に才能を見込まれて勧誘し続けられたのは、部員が少なかったからだ。意図していないとはいえ、知名度が抜群だから、広告役としても期待されているに違いない。
 これは断るしかないと心に決めて職員室に向かうと、途中でドラゴン・マルッコイの気に障る声がした。
「ハッター。食いデッチは止めた方がいいぞ。お前には帰宅部がお似合いだ。そのほうが誰にも迷惑をかけないからな。伝説のおぼっちゃまは部屋で大人しくしておけばいいんだ。このバツイチ野郎」
 バツイチとはきっと額の傷の事を指しているのだろう。マルッコイは一緒にいるほかの二人とともに笑い声をあげた。無性に腹が立ったポリーは今にも掴みかからんとする勢いで、怒鳴り声を放った。
お前こそ、寮で大人しくしておいた方がいいんじゃないのか!? 面倒を起こしてスリジャナイの点数を落とさないためにもな!!
何だと! もう一度言ってみろ!!
ああ、何度だって言ってやるさ! この……
 クソ野郎と言いかけたところで、運の悪いことにスナイプが現れた。
「何を騒いでおる。ここは君たちの家ではない。二人とも五点の減点だ」
「でも、マルッコイの方から……」ポリーはマルッコイを指しながら抗議した。
「言い訳は許さない。それともまだ減点されたいのかね。ミスター・ハッター」
 何も言い返すことができず、下を向くしかなかった。いつ間にかマルッコイたちの姿はなく、早々と寮に帰ったようであった。スナイプはまだ何かを言いたそうにしていたが、口を閉ざしたまま、マントを翻して靴音を鳴らしながら階段の方へと向かっていった。

 気落ちしながら廊下を歩いていると、J・Kと遭遇した。いつものように声高に話しかけてきたが、ポリーの異変に気が付いたらしく、何があったのかと優しく肩を叩く。ポリーはさっきのいきさつを説明すると、彼は腕を組みながら低い唸り声を上げた。
「……そうだったのか。マルッコイは貴族出身だから、我がままに育てられて、何でも思い通りになると思っているフシがある。ホルワースにも多額の寄付を収めていて、我々教師もおいそれとは口を出せないんだ。……でも、スナイプ先生は決して贔屓はしない。相手がどんな家柄だろうが、平等に接している。なかなか真似できないよ」
 ――そうだったのか。たからあんなに生意気な態度を取っているのか。触らぬ神にたたりなし。今後は彼の挑発には乗らないようにしなければ。
 そう思い直し、少しだけ気が楽になった。そこでポリーは本来の目的を思い出し、食いデッチの入部を断ろうとしたが――、
「ハッターくん。やはり君は食いデッチをやるべきではない。よく考えれば、あのポリー・ハッターにそんなことさせられないと気付いたんだ。今までしつこく誘って悪かった。もう勧誘しないから食いデッチの事は忘れてくれ」
 そう言ってJ・Kは背中を向けた。その瞬間、ポリーは考えを改めた。
「待ってください! 僕、食いデッチやります。入部させてください!」
 J・Kは身体を震わせながら勢いよく振り返ると、ポリーの両肩をがっつりと掴み、最高の笑顔を見せた。
「そうか、やってくれるか! 君ならきっとそう言ってくれると信じていたぞ! これから早速部室へ行ってみんなを紹介しよう」
 さっきとは百八十度態度が違う。もしかしてJ・Kの作戦だったのではないかと疑わずにはいられない。

 それから週三回、食いデッチの練習に参加した。そこで初めて正式なルールを知ることとなった。食いデッチとは本来はTTKを使ったスピード競技であったが、それが早食い競争と融合して今のルールになったそうだ。
 プロの試合の時は一周一キロのコースを五周してタイムを計る。途中で五回の食事ポイントがあり、完食しなければ先へ進めない。
 ホルワースにも年に一度、寮対抗の試合があり、その順位によって点数が与えられるのだという。普段は地味で誰も関心ないが、この時ばかりは盛り上がりを見せるのだとJ・Kは語った。
 紹介された部員は全部で六名ほど。もちろんみんな上級生で、一年はポリーひとりだけであった。女子が一名混じっていたが、後は男子ばかりで、その唯一の女子もぽっちゃりというよりもむしろゴムボールのような肥満体形で、スピードよりも食事の方にウエイトが置かれているのは疑う余地もない。
 ポリーは初日から才能を見せた。最初はまたがるのが精いっぱいだったが、一時間もしないうちに自転車並みのスピードで校庭を半周する事ができた。たった二百メートルほどではあったが、それでも初日でそこまで飛べる生徒はなかなか現れないのだという。
 しかし、問題は食事の方であった。元々食の細いポリーは、あまり多くを食べることができない。しかも試合の時に出る食事はランダムなので、対策が立てづらいのだ。普段から大食いを意識しなければならないし、苦手なピーマンも克服せねばならない。これは一筋縄ではいかないと気を引き締めるポリーに、他の部員からも応援の声が掛けられた。
 ここでもポリーは特別扱いで、勝手に期待されているようだった。確かにTTKの扱いにおいては少し自信が持てるようになったが、それでも他の部員にはまだまだ及ばず、早食いに至ってはまるで歯が立たないでいた。
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