第4話 警戒

文字数 2,645文字





こんにちは、五樹です。前話では少し口調が荒くなってしまい、すみませんでした。

今回は、昨日と一昨日に表に出てきた、「桔梗」の話をしましょう。


桔梗は、時子が14歳の頃に固着した記憶です。だから桔梗は14歳。別人格は皆、主人格がショックを封印した年齢になります。


桔梗は元々、「この子を救ってあげるために、殺してあげなくちゃ」と考えていた人格です。

時子は14歳の頃、母親の家から家出をして、父親と住むようになりました。家出の動機は、「ここに居たら、自殺するしか逃げる手段の無い私は、きっと死を選んでしまう」という物でした。

その事がどれだけ悲しいか、なぜ逃げる手段が死しかないのかなどは、置いておきましょう。

ともかく、時子が父親の家に逃れて行った事で、「死への熱望」は置き去りにされ、恐らくそれが桔梗として分離されたのだと思います。

時子は、最近になって、やっと別人格達を表に出せたのだという話はしたと思います。

桔梗は、時子を殺す、つまり死のうとして、時子の夫に止められた事もありました。

でも、今受けているカウンセリングで、カウンセラーから説得され、「その必要はない」と分かってからは、やめてくれた。

それからの桔梗はとても大人しく、たまに出てきては紅茶を飲むくらいで、甘さが控えめのレモンティーが好きなようです。時子はレモンティーは好まず、紅茶を飲む時は、たっぷり甘みを入れます。

それから、桔梗はあっさりした食事が好きで、あまり匂いの強い物、油っこい食べ物や、味の濃い食事は好みません。

この間表に出てきた桔梗は、しらすご飯と、冷奴、それからほうれん草の胡麻和えを食べていました。それだけで足りてしまうのは、僕からすると不思議なくらいです。

少し桔梗の話から脱線はしますが、僕達人格間の、食事の違いについて話しましょう。

時子は主にパン食で、量は少し。

桔梗は米食で、ヘルシーな物を少量。

僕は23歳の男性ですし、がっつり食べたいですね。そうしないとお腹が空いて辛いです。

僕達は、食事をした記憶が無い時子のためにいつも写真を撮っておくのですが、僕だけはいつも、「食べ過ぎ!」と時子に怒られています。

嗜好の違いをもう少し話させてもらうと、煙草の話があります。嫌いな方がいらっしゃったら、すみません。

時子は、喫煙者です。それから、桔梗と、僕、五樹も。僕達はそれぞれ好む銘柄が違います。

桔梗はピアニッシモの1mg。

僕、五樹はセブンスター。

時子は、ハイライト。

時子が初めて煙草を買ったのは14歳の時で、その銘柄はピアニッシモでした。

思春期の背伸びに罪は無いなどと、自分で言ってしまうのは良くないですが、時子の場合、抱えた苦痛の大きさから考えると、致し方ないかもしれないと思えてしまう所もあります。

そんな訳で、僕達は違った嗜好や生活習慣を持っています。

話を桔梗に戻して、そこに時子も登場させてみましょうか。


時子は、一昨日と昨日、桔梗が現れた事を、自分のツイッターアカウントで知りました。

僕は普段から時子のアカウントを勝手に使っていて、初めは混乱されてばかりでしたが、この頃は、少し呆れるように読み流してもらえています。

でも、一昨日は僕ではなく、桔梗だった。時子は、僕と全く違う文体に戸惑っていました。それは、こんな文章です。

「この子達が忘れていた家事を片付けて、紅茶を入れた。音が気になるから暖房は消して。レモンスライスが欲しいかな。イヤホンから大きな音量で、音楽が流れていたから、すぐに止めて、イヤホンを外した。私は、自分の周りはいつも静かであって欲しいから、音楽があまり好きになれない。乾燥機の稼働音も、ちょっと好きになれないかも。」

その後、しらすご飯などの食事の写真がツイッターにアップロードされていて、更にツイートは続いていた。

もう一つ桔梗のツイートを引用しておきましょう。これが桔梗が時子に伝えたい事だったのだと思います。

「私達の事は無視して構わない。表に出ただけでもう用は済んでる。あなた自身とコミュニケーションする気は無いの。」

僕達別人格は、時子の過去の記憶です。だから、自分が表に出て、周囲の人に気持ちを伝える事が出来れば、即ち、「時子の感情表現」になる。

桔梗はそういう意味で、「あなた自身とコミュニケーションする気はない」と言ったんだと思います。でも、それは時子に更なる混乱を招いたようでした。

時子が目覚めた時に感じられたのは、暖房が消えていた寒さ、覚えのない満腹感、ツイッターに残された奇妙なツイートからの恐怖位だったでしょう。

混乱を収めたかったのか、時子はすぐに叔母に電話をして、色々と相談していました。その上で、叔母が抱いた桔梗の印象はこうです。

時子の叔母はこう言いました。

「そのツイートを聞かされてるとね、なんだか、「私は怖くないんだよ〜」って、暗に伝えよう伝えようとしているように思うんだけど…」

時子はすぐさまこう答えます。

「いや、怖いよ。“コミュニケーションする気がない”とか、なんか冷たい感じするし…それに、どうして直接的に言わないの?」

叔母は笑って答えました。

「そんな事、口で言っても何の証明にもならないでしょ、怖いか怖くないかは、時子ちゃんが判断するんだからさ」

「そっかあ…」

その叔母との電話で何かを思ったのか、時子は昨晩、こんな事を言い始めました。


「もしかしたら、私が別人格さん達を受け入れなかったら、私の中にしか居られない別人格さん達は、居場所がなくなっちゃうのかも」

彼女は夫に向かってそう話していました。

「私の周囲の人達が、私の別人格を受け入れていても、家主である私が受け入れなかったら、別人格さん達の居場所は永遠に得られないのかも…」

夫は、「カウンセラーさんに相談してみたら?」とだけ言っていました。でも僕には、自分達の道の出口が近付き、遠くにあった灯りがますます大きくなっていくのが見えたように思います。

もちろん、「彼らの居場所がなくなっちゃうんじゃないか」なんて、僕達に対する気遣いだけで「受け入れよう」と実行するのは、多分、不可能です。

時子自身が、僕達を必要と感じて、自分の動機として僕達を「受け入れたい」と思った時に、自然とそうなるんでしょう。僕はそう思います。

でも、僕達を気遣ってくれるというのは、警戒心を少し解いてくれたという事なんだと思っています。


今回も、お読み頂き有難うございました。更新の頻度はまちまちになりますが、また覗きに来て下さいますと有難いです。




つづく
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