第3話 多重人格とは

文字数 1,690文字





俺達は、八人居る。でも、八人も必要ない。

個人の人格というのは、通常は一人しか存在し得ない。「自分の中に見知らぬ誰かが居るらしい」、そんな怪談じみた経験をするのは、全体の内の、たった一摘みだ。

多重人格とは、何人もの人間が同じ心中に居合わせる状態ではない。では、実際はどういったふうに多重な人格が出来上がるのか。

例えば、小さな子供が不平不満を言う度に親に殴られ続けると、その子供はやがて怒りを押し殺すようになる。それが長い事続けば、彼(または彼女)の中では、発露させる行き場の無い怒りが蓄積され、やがてそれが自我を生ずる。

なぜ自我を持つのかという所は、俺も知らないので説明出来ない。でも、敢えて推測だけを述べるとするなら、“自我のない感情表現は有り得ないから”ではないだろうか。

「私が何か言うとお父さんはすぐに怒るから」と、そう思っている子供は、決して怒りを表に出さない。だが、彼女の中には、限界を超えた怒りがある。早くそれを表現出来なければ、彼女の心は壊れてしまう。

「それなら、怒っているのは自分ではない者にすればいい」。これが、この場合の唯一の解決法かもしれない。

つまり、自我を別にしている、感情を別に分けているというだけで、表現をする選択をしているのは、彼女自身なのだ。怒っている彼女も、びくびく怯えている彼女も、同じ一人の人間だ。

そうなると、解決すべきは、「別の者に表現させなければ、自分には危険が及ぶのだ」という、恐怖による刷り込みの方になる。それはカウンセリングで良くなるはずだ。その前に、安全な環境に移る絶対の必要があるが。


今話した例は時子によく似ていて、彼女の場合、加害者が母親だった。

カウンセラーはこう話す。

「時子さんは、お母さんから恐怖を教えられて、安心感や、愛されているという実感を与えられなかった。だから、それらを感じるための土台がまだ無い状態です。まずはそれを作っていきましょう」

それは、なんと悲しい事実だろう。それに、時子にとっては、途方もなく長く、辛い作業だ。

恐怖の殻を破るのがどれほど怖いのか、知っている人間は少ないかもしれない。でも、解ってくれる人は居るだろう。

常識を逸脱した恐怖から身を守るため、高く丈夫な障壁で、自分を囲った。さあこれでもう安心だと思っていたのに、外からいきなり誰かの手が伸びてきて、自分を引っ張るのだ。そんなの怖くて応じられるはずがない。もしかしたら、初めに感じていた恐怖よりも恐ろしいかもしれない。

でも、その向こうは安全だという事を、彼女には信じて欲しい。俺はそう願う。


この辺で、時子自身の話は中断して、俺達別人格の事を話そう。


前作の「六人の住人」で話した事の繰り返しにもなるが、ざっくりと自己紹介を箇条書きにする。やや事情がややこしいのは、許して欲しい。

「五樹」···これは俺だ。年齢は23歳。この子が23歳の時に負ったトラウマが元で生まれた。俺は、ほぼ毎日、この子が疲れた時などに交代して体を預かる。

「悠」···7歳男児。両親が離婚して母親と別れ別れになった時のショックが元。

「彰」···16歳、男性。怒りの人格だが、まだ三度しか出てきた事はない。

「桔梗」···14歳、女性。時子の、「苦しみから逃れるために死にたい」という願望を叶えるために生まれた。だが、カウンセラーの説得で踏み止まる。現在は滅多に出てこない。

「羽根猫」···名前も性別もない、羽根が生えた猫。説明が長くなるので、これ以上は割愛する。


ここから先は、もしかしたらもう消えてしまったかもしれない奴らを、一応紹介しておく。


「美由紀」···16歳の女性人格。

「美月」···28歳の女性人格。

この二人は、今はもう居ないかもしれない。元々存在感が薄かった。


さて、これで俺達の紹介はあらかた済んだ。これ以上の細かい説明は、前作とは重ならないように配慮しながら、後々やらせてもらう事にする。

昨日時子は長時間出掛けていたので、今朝は疲れていて、表に出ていられないようだ。俺もこの話をアップロードしたら、少し眠ろうと思う。お読み頂き、ありがとう。それでは、また今度。




つづく
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