9:個性の突出 と それを束ねる男
文字数 3,597文字
試合は終盤、5回表に入った。5-4とリードしている能信のこの回の攻撃は、1番の富山君から。好打順を生かして追加点をものにしたいところだ。
今日の富山君は初回にトリプルプレーの起点になったり、その後もヒット性のゴロをアウトにしたりと守備で魅せる場面が多かった。しかし、攻撃ではけん制死、ライトゴロと大きく精彩を欠いている。富山君本人も、この打席で結果を残そうと気合を入れているようだ。
そんな富山君に向けて、中本君は第1球を投げる。
「キン!」
積極的に高めの球に手を出し、思い切り引っ張った打球は3塁線をわずかに切れた。
続く2球目。
「ボー」
ワンバウンドの球をキャッチャー寺井君がうまくすくい取る。
3球目。
「ボッ」
今度は外角の厳しいところだが、こちらも外れてボール。
4球目。
「カン!」
「ファウル!」
内角にきた絶好球を引っかけ、後ろに転がりファウルに。
ツーボールツーストライクからの5球目。
「キィン!」
空間を切り裂くような痛烈なライナー性の当たりでボールは左中間に飛んでいく。これをセンターの佐藤(英)君がワンバウンドで捕球し、能信はノーアウトで足の速いランナーを出すことに成功した。
ノーアウトランナー1塁。バッターは2番、藤井君。
自己犠牲の鬼にとって今のこの状況は、まさにかもがねぎを背負ってきたようだといっていい。藤井君はまるで舌なめずりをするかのように、バッターボックスに立った瞬間からバントの構えをしている。
中本君と日我好ナインは、セーフティバントや盗塁の可能性を頭の片隅に入れつつ守備を固める。
1球目。
「コォン」
3塁手と投手の間、どちらが処理するか難しい場所にボールを転がして藤井君は走り出す。主目的は自己犠牲だが状況次第では自らも生き残る、そんなバントの名手らしいいやらしいバントだ。
中本君は藤井くんのその術中にはまり、動きを止めてしまう。だが、サードの守備についているキャプテン広尾くんが猛然とダッシュしてボールをつかみ取り、セカンドを見もせずファーストに送球する。その矢のような送球がギリギリで間に合い、1塁はアウト。サード広尾君の判断力とフィールディングによるファインプレーで、結果としてワンナウト2塁となった。
だが、藤井君お得意の自己犠牲が決まり、能信は打順がクリーンナップに進むこのタイミングで得点圏にランナーを進めることに成功した。
次のバッターは3番、前打席でホームランを放っている登坂君。ランナーのいる今の状況で結果を出すべく、気合を入れてバッターボックスに入る。
投手の中本君はセットポジションで2塁ランナー、富山君の様子をうかがう。初回、けん制で刺される屈辱を味わっている富山君は、同じ過ちを繰り返さぬようベースをしっかりと踏んで動こうともしない。
けん制を意識しないですむと判断した中本君は、目の前の強打者に集中し第1球を投げた。
「ットライーク!」
真ん中低めの球。登坂君はバットを動かさず見送る。
続く2球目。
「ボール!」
丁寧にコーナーをついたが、惜しくも外れてボールに。
ワンボールワンストライクからの3球目。
「ボーッ!」
同じくコーナーを突くも、これも外れてツーボールワンストライクに。
4球目。
「ボッ」
これも、わずかに外れる。
3-1からの5球目。
「キン!」
外角の高め、判断が難しい球をカットする。これでスリーボールツーストライクに。
フルカウントからの6球目。
「ボール! フォアボーッ!」
微妙なところだったが、惜しくも外れて歩かせることに。
この終盤に来て、ワンナウト1、2塁。ここでバッターは4番の赤井君。能信にとっては引き離すことができる大きなチャンス。
赤井君は相変わらず、このような緊張感が走る場面でも無心でバッターボックスに入っている。彼のこの性格が、果たして吉と出るか凶と出るか。
重要な場面での第1球目。
「ボッ」
主審は一度首をかしげるも、判定はボール。この回、厳しいところはことごとくボールになっている気がするが、投手の中本君は特に不満気な様子はない。
ワンボールからの2球目。
「ストライッ」
高めのボール球を空振り。
ワンボールワンストライクとなり、3球目。
「ストライーッ」
膝の高さに丁寧に投げた球がようやく決まる。
追い込んでからの4球目。中本君は寺井君のサインに何度か首を横に振ったため、投球にちょっとした間が空いた。その何度目かのサイン確認を終えた瞬間、中本君は1塁ベース上の登坂君をチラ見し、ダメかとばかりに苦笑した。どうやらサイン交換という形で油断を誘い、得意のけん制に持ち込もうとしたのだろう。
だが、すでに一度引っ掛かっている2塁ランナー富山君と、キャプテンとしての重責を担い、注意深くなっている1塁ランナー登坂君は、どちらもしっかり警戒してリードはほとんどしていなかった。
(最初から必殺技を多用するのも、考えものかもなぁ)
中本君は心の中でそんなことを思いながら、ようやく寺井君の出すサインにうなづいた。
打者の赤井君はそんな状況をわかっているのかいないのか、気のない動きでバットを構えている。そんな彼に、中本君が放った4球目。
「キン!」
鋭い打球が中本君のすぐ左を抜けていく。ハッと後ろを向いた中本君が打球の行方を追う。
(センターに抜けたか……)
2塁ランナーの富山君は俊足だ、だがリードは大きくないので本塁到達は遅いはず。センターの(英)君の送球次第では間に合うか……。中本君がそう考えた瞬間だった。
鋭く転がる打球の右から、スッと影が覆いかぶさるように立ちふさがる。ボールはその影にぶつかって、勢いを失いコロコロと力なく2塁ベースのほうへと転がった。その力なく転がる球をもう一つの影が素早く捕球し、2塁ベースを踏んでから1塁へと送球する。
2塁はフォースアウト。1塁も山田君がその球をミットに収めるのを確認した塁審が、アウトの宣告を行う。
スリーアウト。日我好はダブルプレーでどうにかピンチをしのぎきった。
セカンドの豊橋君とショートの佐藤(優)君、2人がそれぞれの判断で動いたことによる奇跡のようなダブルプレーだった。豊橋君は打球を取れずとも止めることは可能と判断し、とっさに打球の前に飛び込んだ。目論見通りに体に当たったその打球は、たまたま外野の中継に入ろうとしていた遊撃手、(優)君の近くに転がった。(優)君はその転がる球に反応して素早く拾い上げ、2塁ベースを踏んでから即座に1塁へ送球したというわけだ。
日我好ブラッドサックスは、ある意味では能信ウォークライズと真逆の方針を持つチームと言ってもいい。
今年の能信ウォークライズが入念にシートノックなどを行い、守備力や選手間の連携をテーマに猛練習をしてきたチームなのは前述した通りだ。一方の日我好ブラッドサックスは、どちらかと言えば選手個人の能力や判断といったものに重きを置いている節がある。選手たちは、足が速かったり流し打ちだったりといったように何らかの一芸に秀で、それを生かしたプレーを行っていくチームだ。けん制球が得意な中本君、ムードメーカーの寺井君、安打製造機の山田君、流し打ちの豊橋君といったふうに。もちろん能信にも自己犠牲の鬼である藤井君などがいるが、自分の個性や奇抜なアイデアを遠慮なく出せるチームという点では、日我好ブラッドサックスのほうに軍配が上がるだろう。
先ほどのプレーもそうだった。せめて体には当たるかもという豊橋君の判断、それによって転がった球を素早く処理した(優)君の判断。練習ではなかなか行き届かない個々のアイデアがうまく連携し、それを試合本番に即興の形で実行できる雰囲気。厳しい練習に裏付けられた能信の鉄壁の守備には及ばないが、しなやかで弾力性に富んだ発想を皆が持ち合い、場面場面で機転の利いたプレーができる日我好だからこそ、このダブルプレーが生まれたのだろう。
そんなアイデアが豊富で個性的な選手が集まる日我好ブラッドサックスの中でも、特にキャプテンである広尾君の存在はとても大きいものだ。彼はチームで最も大きな体格の持ち主で、主砲として打撃でチームを引っ張りながら、先のファインプレーのようにサードの守備でもしっかりと結果を出せる選手だ。それだけでなく、彼は個性的過ぎるチームメイト一人一人を注意深く見守って話を聞き、その個性を伸ばせるよう協力したり、時には行き過ぎを止めたりすることもある。また、チームメイトの意見を集約して、監督やコーチを始めとした周囲の大人たちへ提案して話し合いの場を設けたり、調整役を買って出たりもする。こういった能力はいわゆる縁の下の力持ち的で、地味だと思われるかもしれない。だが、チームとしてはとてもありがたい存在であることは間違いない。それを担っているのがキャプテンである広尾君なのだ。
今日の富山君は初回にトリプルプレーの起点になったり、その後もヒット性のゴロをアウトにしたりと守備で魅せる場面が多かった。しかし、攻撃ではけん制死、ライトゴロと大きく精彩を欠いている。富山君本人も、この打席で結果を残そうと気合を入れているようだ。
そんな富山君に向けて、中本君は第1球を投げる。
「キン!」
積極的に高めの球に手を出し、思い切り引っ張った打球は3塁線をわずかに切れた。
続く2球目。
「ボー」
ワンバウンドの球をキャッチャー寺井君がうまくすくい取る。
3球目。
「ボッ」
今度は外角の厳しいところだが、こちらも外れてボール。
4球目。
「カン!」
「ファウル!」
内角にきた絶好球を引っかけ、後ろに転がりファウルに。
ツーボールツーストライクからの5球目。
「キィン!」
空間を切り裂くような痛烈なライナー性の当たりでボールは左中間に飛んでいく。これをセンターの佐藤(英)君がワンバウンドで捕球し、能信はノーアウトで足の速いランナーを出すことに成功した。
ノーアウトランナー1塁。バッターは2番、藤井君。
自己犠牲の鬼にとって今のこの状況は、まさにかもがねぎを背負ってきたようだといっていい。藤井君はまるで舌なめずりをするかのように、バッターボックスに立った瞬間からバントの構えをしている。
中本君と日我好ナインは、セーフティバントや盗塁の可能性を頭の片隅に入れつつ守備を固める。
1球目。
「コォン」
3塁手と投手の間、どちらが処理するか難しい場所にボールを転がして藤井君は走り出す。主目的は自己犠牲だが状況次第では自らも生き残る、そんなバントの名手らしいいやらしいバントだ。
中本君は藤井くんのその術中にはまり、動きを止めてしまう。だが、サードの守備についているキャプテン広尾くんが猛然とダッシュしてボールをつかみ取り、セカンドを見もせずファーストに送球する。その矢のような送球がギリギリで間に合い、1塁はアウト。サード広尾君の判断力とフィールディングによるファインプレーで、結果としてワンナウト2塁となった。
だが、藤井君お得意の自己犠牲が決まり、能信は打順がクリーンナップに進むこのタイミングで得点圏にランナーを進めることに成功した。
次のバッターは3番、前打席でホームランを放っている登坂君。ランナーのいる今の状況で結果を出すべく、気合を入れてバッターボックスに入る。
投手の中本君はセットポジションで2塁ランナー、富山君の様子をうかがう。初回、けん制で刺される屈辱を味わっている富山君は、同じ過ちを繰り返さぬようベースをしっかりと踏んで動こうともしない。
けん制を意識しないですむと判断した中本君は、目の前の強打者に集中し第1球を投げた。
「ットライーク!」
真ん中低めの球。登坂君はバットを動かさず見送る。
続く2球目。
「ボール!」
丁寧にコーナーをついたが、惜しくも外れてボールに。
ワンボールワンストライクからの3球目。
「ボーッ!」
同じくコーナーを突くも、これも外れてツーボールワンストライクに。
4球目。
「ボッ」
これも、わずかに外れる。
3-1からの5球目。
「キン!」
外角の高め、判断が難しい球をカットする。これでスリーボールツーストライクに。
フルカウントからの6球目。
「ボール! フォアボーッ!」
微妙なところだったが、惜しくも外れて歩かせることに。
この終盤に来て、ワンナウト1、2塁。ここでバッターは4番の赤井君。能信にとっては引き離すことができる大きなチャンス。
赤井君は相変わらず、このような緊張感が走る場面でも無心でバッターボックスに入っている。彼のこの性格が、果たして吉と出るか凶と出るか。
重要な場面での第1球目。
「ボッ」
主審は一度首をかしげるも、判定はボール。この回、厳しいところはことごとくボールになっている気がするが、投手の中本君は特に不満気な様子はない。
ワンボールからの2球目。
「ストライッ」
高めのボール球を空振り。
ワンボールワンストライクとなり、3球目。
「ストライーッ」
膝の高さに丁寧に投げた球がようやく決まる。
追い込んでからの4球目。中本君は寺井君のサインに何度か首を横に振ったため、投球にちょっとした間が空いた。その何度目かのサイン確認を終えた瞬間、中本君は1塁ベース上の登坂君をチラ見し、ダメかとばかりに苦笑した。どうやらサイン交換という形で油断を誘い、得意のけん制に持ち込もうとしたのだろう。
だが、すでに一度引っ掛かっている2塁ランナー富山君と、キャプテンとしての重責を担い、注意深くなっている1塁ランナー登坂君は、どちらもしっかり警戒してリードはほとんどしていなかった。
(最初から必殺技を多用するのも、考えものかもなぁ)
中本君は心の中でそんなことを思いながら、ようやく寺井君の出すサインにうなづいた。
打者の赤井君はそんな状況をわかっているのかいないのか、気のない動きでバットを構えている。そんな彼に、中本君が放った4球目。
「キン!」
鋭い打球が中本君のすぐ左を抜けていく。ハッと後ろを向いた中本君が打球の行方を追う。
(センターに抜けたか……)
2塁ランナーの富山君は俊足だ、だがリードは大きくないので本塁到達は遅いはず。センターの(英)君の送球次第では間に合うか……。中本君がそう考えた瞬間だった。
鋭く転がる打球の右から、スッと影が覆いかぶさるように立ちふさがる。ボールはその影にぶつかって、勢いを失いコロコロと力なく2塁ベースのほうへと転がった。その力なく転がる球をもう一つの影が素早く捕球し、2塁ベースを踏んでから1塁へと送球する。
2塁はフォースアウト。1塁も山田君がその球をミットに収めるのを確認した塁審が、アウトの宣告を行う。
スリーアウト。日我好はダブルプレーでどうにかピンチをしのぎきった。
セカンドの豊橋君とショートの佐藤(優)君、2人がそれぞれの判断で動いたことによる奇跡のようなダブルプレーだった。豊橋君は打球を取れずとも止めることは可能と判断し、とっさに打球の前に飛び込んだ。目論見通りに体に当たったその打球は、たまたま外野の中継に入ろうとしていた遊撃手、(優)君の近くに転がった。(優)君はその転がる球に反応して素早く拾い上げ、2塁ベースを踏んでから即座に1塁へ送球したというわけだ。
日我好ブラッドサックスは、ある意味では能信ウォークライズと真逆の方針を持つチームと言ってもいい。
今年の能信ウォークライズが入念にシートノックなどを行い、守備力や選手間の連携をテーマに猛練習をしてきたチームなのは前述した通りだ。一方の日我好ブラッドサックスは、どちらかと言えば選手個人の能力や判断といったものに重きを置いている節がある。選手たちは、足が速かったり流し打ちだったりといったように何らかの一芸に秀で、それを生かしたプレーを行っていくチームだ。けん制球が得意な中本君、ムードメーカーの寺井君、安打製造機の山田君、流し打ちの豊橋君といったふうに。もちろん能信にも自己犠牲の鬼である藤井君などがいるが、自分の個性や奇抜なアイデアを遠慮なく出せるチームという点では、日我好ブラッドサックスのほうに軍配が上がるだろう。
先ほどのプレーもそうだった。せめて体には当たるかもという豊橋君の判断、それによって転がった球を素早く処理した(優)君の判断。練習ではなかなか行き届かない個々のアイデアがうまく連携し、それを試合本番に即興の形で実行できる雰囲気。厳しい練習に裏付けられた能信の鉄壁の守備には及ばないが、しなやかで弾力性に富んだ発想を皆が持ち合い、場面場面で機転の利いたプレーができる日我好だからこそ、このダブルプレーが生まれたのだろう。
そんなアイデアが豊富で個性的な選手が集まる日我好ブラッドサックスの中でも、特にキャプテンである広尾君の存在はとても大きいものだ。彼はチームで最も大きな体格の持ち主で、主砲として打撃でチームを引っ張りながら、先のファインプレーのようにサードの守備でもしっかりと結果を出せる選手だ。それだけでなく、彼は個性的過ぎるチームメイト一人一人を注意深く見守って話を聞き、その個性を伸ばせるよう協力したり、時には行き過ぎを止めたりすることもある。また、チームメイトの意見を集約して、監督やコーチを始めとした周囲の大人たちへ提案して話し合いの場を設けたり、調整役を買って出たりもする。こういった能力はいわゆる縁の下の力持ち的で、地味だと思われるかもしれない。だが、チームとしてはとてもありがたい存在であることは間違いない。それを担っているのがキャプテンである広尾君なのだ。
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