第2話

文字数 2,408文字

【すべてを経験せよ 美も恐怖も 生き続けよ 絶望が最後ではない】

子供の頃、正しく生きることが正しい人生なのだと思っていた。
(つまんねーこども…)
だから学校の先生に気に入られれば正しいし、親に褒められれば正しいと判断して、そうなるように生きていた。
ニュースで報道されるような犯罪者とは正反対の、正しい行いをしていれば自然と偉人になって、人々の上に立てるような人間になれるのだと思い込んでいた。
(自分で書いてて思うけどなんなの?サイコ?こんな子供やじゃない?)



まあでもお分かりの通り、正しい人生ってなに?おいしいの?状態の現在である。
(正しいどころか人道的に謎な行いしかしていない自覚がある…)
様々な目も当てられない恥ずかしい黒歴史(思わず聞かされている方も耳を塞ぎたくなる)や大失敗(かわいそうすぎてもう顔も見れなくなる)を経て人は成長(?)出来るのである(この私の歩みを成長と呼んで良いのだろうか…)



今日、ジョジョ・ラビットという作品を観て思ったのである。
生きてゆく中で、起こした失敗も、不運も、全て無駄ではなく、自分の糧となり、良い変化をもたらしてくれるラッキーイベントなのだと。
「すべてを経験せよ 美も恐怖も 生き続けよ 絶望が最後ではない」
エンドロール手前で映し出されるリルケの言葉である。
この言葉に救われる思いがして、エンドロールを見つめながら、ぐっと唾を飲み込んだ。


物語の主人公は、ヒトラーに憧れる10歳の少年ジョジョだ。
戦争が大好きで、一日も早く入隊して戦争で活躍したい、戦争でドイツ軍を勝利に導くことこそが正しい生き方なのだと信じている純粋無垢な男の子である。
(狂気に満ちているのだがジョジョは至って普通の(普通より可愛い)男の子だというところが肝心だ)
オープニングで、頭の中で思い描く一番の親友・ヒトラーに、勇気を出せ、男になるんだ!と背中を押され、溢れんばかりの希望を胸にナチスドイツの制服を着て街を走り回る中、ビートルズが流れ観客の心を奪う。
街の人々は皆幸せそうで、色とりどりの美しい街並みの中を少年がビートルズの音楽に合わせて走り回る…軍服姿で。
オープニングから違和感にぞくぞくしてしまう。
自分が、ヒトラーと戦争を支持することによって幸せと感じていた当時のドイツ国民の一員になったような錯覚に陥るなんて、予想外の展開すぎて映画の冒頭からあっけにとられてしまった。
ジョジョはナチスドイツの熱烈な支持者だが、真面目で気弱な性格の心優しいただの10歳の男の子だ。
(だからこそナチスドイツを盲目的に、強烈に信仰していたのだろうと思われる。純粋無垢って恐ろしい。)
そんなジョジョを、母ロージー(スカヨハです。めっちゃキレイ。どんだけキレイなお母さんなんだよ)は戦争や政治ばかり気にせず、恋をして、友達と遊んで、踊って、楽しむことが人生の醍醐味なのよ、と懸命に教える一方で、ジョジョのナチス精神も完全に否定はしない。
生きていくためにナチスに反抗してはいけないという教えのためなのか、息子の思想を尊重する愛情なのか、どちらにしろとても愛情深く、ユニークで、最高のスカヨハである(とりあえず最高である)。
そんなある日ジョジョは、ロージーがこっそり自宅にユダヤ人の少女エルサをかくまっていたことを知る。
見つかったら母親と自分は協力者としてユダヤ人もろとも殺されてしまう。
かといってナチ教の一員としてユダヤ人を活かしておくわけにはいかない。
だが、臆病で気弱な10歳のジョジョには年上の女性を殺すことなど出来ない。
八方塞がりの状況で、エルサとの共同生活が始まっていく。
そんな中、ジョジョはエルサとの生活によって、ユダヤ人が実はモンスターではなく、自分と同じ人間で、そして美しいことを知る。
(ジョジョは学校で、ユダヤ人はモンスターのような容姿だと教え込まれていた、そしてエルサはめっちゃかわいい)
ユダヤ人エルサとの生活の中でジョジョは人間的に成長していく…というストーリだ。

この映画の素晴らしさは多々あるが、やはりタイトルにも書いたこの詩が全てを語っているのではと思う。



すべてを経験せよ 美も恐怖も 生き続けよ 絶望が最後ではない



ジョジョはナチスドイツの思想を通して、沢山学んだ。
勇気とか、根性とか、男としての強さを極めるロマンとか。
自分の中学生や小学生高学年時代を思い出すと共感出来るところがあるのだが、自分の選択で人生を設計するという発想が無いので、世間で「正しい」とされていることを盲目的に信じてしまう。
(いやバカなだけじゃね?と思うのもごもっともだと思います、私も思います)
その点でジョジョと自分が強烈に重なり合って、当時ドイツ人がなぜあれだけ熱烈にヒトラーを支持していたのかが分かる気がするし、きっと私もヒトラーの大ファンになっていただろうと思う。
ジョジョの場合、結果として自分の全てだったナチ教という思想がやがて大切な人たちを奪い、ドイツ人を幸せには出来なかった、何かがおかしかったんだという事実にぶち当たり、絶望する。
ただ、絶望の先にジョジョには「生きる」という選択をした。
経験を通して、ジョジョは強くなり、また新たに変わっていくことをチョイスした。
そうやって、チョイスを積み重ねて成長し、生きていくのだ。
自分が信じていたものに裏切られたとしても、また新たにやり直せばいい。
また新たに成長していけばいい。
絶望が最後ではない。
そんなことを教えてくれる映画だったように思う。

第二次世界大戦を、ヒトラー支持者の視点で描いていくという斬新な視点も、なかなかにしびれるのだが、私がこの映画で着目したのは、上記のような人間成長物語という視点だ。
私もジョジョのように常に新しくあろうと思う。
(そのうちエルサなみにかわいい女の子と出会いたいものです)


よし!新しくあるためにトイレ行くというチョイスしよ!!
(ごめんなさい)
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