第3話 母をたずねて

文字数 2,698文字

父は出張。祖父は施設を行ったり来たりの夏休み。
美紅はノリの良いまりやと学校説明会や遊びに行っていた。

ホテルのナイトプールや、ショッピング。気になっていた美容室。女同士で美紅は楽しかった。

そんな夏の午後。
美紅は家のそばで知らない老夫婦に声をかけられた。

「美紅ちゃん。私はあんたのお婆ちゃんだよ。こっちはお爺さん」
「??」
「美紅ちゃんのお母さんのお母さんなんだよ」

美紅は怖くて無視して家に帰った。父が不在だった彼女はまりやにも言えずに過ごしたが、この夫婦は後日も現れた。

あまりの切実な様子に彼女は近くのファミレスに入り話を聞いた。

「美紅ちゃんのお母さんはね。今、入院しているんだよ」
「逢ってもらえないだろうか」
「私。お父さんに聞かないと」

老夫婦は京平に頼んだが、拒否されたと話した。

「でも美紅ちゃんのお母さんなんだよ?お父さんは関係ないでしょ」
「でも」
「お母さんは逢いたがっているんだよ」

老齢の二人の必死の様子。美紅は入院先だけを聞いてこの日は帰って来た。

「おかえり!どうしたの」
「別に」

今夜もまりやと二人きりだった。
ワインを飲み出した彼女に、美紅は両親の話を聞いてみた。
彼女は自分の口からは言えないと話した。



その翌日。
美紅は病院を訪ねてみた。
大病院の東病棟。会う相手もわからない彼女は看護師にその名を告げた。

「こちらです。どうぞ」
「はい」

一人部屋。ベッドの上にいたのは女性はパソコンで映画を見ていたようでゆっくりと振り向いた。

「どなたですか」
「美紅です」
「……美紅ちゃん。美紅ちゃんなの?」

帽子をかぶった彼女はギュッと美紅の手を握った。
その力に美紅は驚くだけだった。


美子という名の母は、冷蔵庫の飲み物を勧めた。彼女は両親から何も聞かされていないといい、興奮している様子だった。

腕には点滴。髪のない頭に美紅も彼女の病状を理解していた。
そんな母は美紅の様子を尋ねて来た。

「そう。学校は楽しいのね」
「はい」
「お父さんは?仕事で忙しいの?」

彼女は京平が美紅の世話をしているのか気にしていた。彼女は出張の時はどうしているのか聞いて来た。

「平気ですよ。それに今は親戚の人が来ているし」
「それって誰?」
「まりやさんって人です」
「……ふふ。やっぱりね」

彼女は窓の外を見ていた。

「悪いけど。その女が原因で別れたのよ。私達」
「え」
「いい事?あの女の話を信じちゃダメ!美紅ちゃん」

こんな事を言われた美紅は家に帰った。
家では帰宅した父がまりやと話をしていた。

「おかえり。お土産があるわよ」
「美紅。それな、父さんが」
「……二人に聞きたい事があるの」

楽しそうな父とまりや。それに反してベッドにいた母が可哀想だった美紅は思わず二人に迫った。

美紅は母親に逢った事を打ち明けた。

「そうか」
「なんで逢わせてくれなかったの?」
「それは……」

やはり口籠る父にイラついた美紅は部屋に入ってしまった。
この夜は部屋から出なかった美紅は、翌朝。誰もいない居間のテーブルの上のメモを見つけた。
そこにはまりやが帰った事。そして夜帰ったら話をしようと父の文字があった。


祖父は介護施設に入居が決まり、日中一人の美紅は、再び母の元にお見舞いに来た。

「こんにちは」
「美紅ちゃん?来てくれたのね」

ベッドの母は嬉しそうに彼女をそばに座らせ昔話を始めた。

母は結婚するまでの経緯や、美紅が生まれた当時の話をした。

「でもあの女と浮気を」

その時、看護師が部屋に入って来た。

「ちょっと!娘が来ているのよ?後にしてちょうだい」
「は、はい」

あまりの怒号に美紅は思わず立ち上がった。

「あの。私は帰ります」
「あら?いいのよ?ゆっくりしていって」

美紅には優しい母。しかし急変ぶりに怖くなった美紅は、理由をつけて病室を後にした。
先程の話。美紅は混乱していた。やがて家には父が帰っており、夕食の支度をしていた。

「ただいま」
「おかえり」
「……まりやさんは本当に帰ったの」
「ああ」

こうして久しぶりに二人だけの夜になった。
食事の後、京平はポツポツ話だした。

「お前の母さんは出産後、鬱っぽくて調子が悪くなったんだ」

この家で同居していたが、彼は妻を実家に帰し、静養させていたと話した。

「元々俺の親と折り合いが悪ったのもあるけど。あいつは迎えに行っても帰ってこなかったんだ」
「じゃ。私はどうなったの」
「この家で。まりやが世話をしてくれていたんだ」
「まりやさんが?」

美紅がおむつが取れるまで。まりやが全部世話をしたと父は遠い目でつぶやいた。

「どういう事なの?お婆ちゃんは?」
「だって。お前がまりやが良いって泣くんだよ」

「お父さん。まりやさんは何者なの」
「……あいつは俺の叔母さんになるんだよ」


京平の祖父の愛人の子、というのが一番わかりやすい表現だった。

「だからな。源太爺ちゃんの妹になるんだよ」
「お父さんと同じ歳で?」
「ああ。そうだよ」

この話し方で、二人が結ばれない運命だと美紅は感じ取った。
当時、大きな会社をしていたこの家は、人手不足を理由に祖父の愛人も一緒に住んでいたと父は明かした。

「俺にとってはさ。まりやの母さんも親戚のおばさんでさ。みんな結構仲良くやってたよ」
「すごい関係だね」
「……それが災いしたのかもな」

京平は悲しそうにビールを飲んだ。

「あいつはお前を可愛がってくれたんだけど、ある日、この家が火事になって」

その時、美紅も怪我をしたので美子に教えようと迎えに行ったと話した。
そこで京平は美子が浮気していた事を知ったと話した。

「それで離婚した。お前には一切会わせない事を約束して」
「そうなんだ」
「確かそいつと再婚したと聞いていたけど」

そんな父は誰とも結婚しなかった。それは自分のためなのか、妻への思いなのか。でも美紅は彼女の事を聞いた。

「ああ、その後、まりやは責任感じたのか知らんけど。この家を出て行ったんだ」

そして勤務先の社長に見初められ、後妻に入ったと京平はこぼした。

「温和な旦那さんだったよ。でも年上だったから早くに亡くなってさ……向こうの家では金目当てって言われたみたいだけど。連れ子の息子さんが跡を継ぐまで頑張って社長をしてたんだ」
「お父さんは連絡取り合っていたの?」
「取ってない。でも親父が歳なんで気にして連絡くれてたみたいなんだ」

そんな親が認知症になり代わりに電話を取り、今回の夏の訪問になったと父は足を組んだ。

「恩返ししたいし。美紅に会いたいって。あいつは子供いねえし」
「そうだったんだ」
「まあ、帰ったけどな」

こんな父に美紅は一番聞きたい事を聞いた。

「お父さんはね。本当はまりやさんが好きなんじゃないの」
「ああ。好きだよ」
「!」

けろりと話す彼に娘はドキドキしていた。

つづく


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