第4話 好きなのは
文字数 2,355文字
「でも俺達はそういう関係にはなれないんだ。それは早くから知ってたし」
「じゃ、私のお母さんは好きじゃなかったの?」
「そんな事ないさ」
男の心情がさっぱりわからない娘に父は微笑んだ。
「お前の母さんの事は好きだったから結婚したんだ」
「よくわかんないし」
「……俺はそんな感じだ。それよりお前は?」
この時点で美紅は父の話を信用していた。
本音の父に、美紅は今後のお見舞いを迷っていると打ち明けた。
父は今度は自分も行くと言ってくれた。
「わかった。これで終わりだな」
「……まりやさんは?」
「ん?」
自分のためにこの夏来てくれた彼女に何もお礼を言えなかった美紅はまりやにここで連絡をした。しかし彼女は電話に出なかった。
きっと忙しいのだろうと京平と美紅は思っていたが、翌日、家のチャイムが鳴った。
「はい?」
「こちらで母が世話になっているはずですが」
スーツ姿の凛々しい若い男性はまりやの義理の息子で、淳と名乗った。
初めて会う京平は彼を家にあげた。そんな彼にジャージ姿の美紅は麦茶を出した。
「まりやは昨日帰りましたが」
「でも連絡がつかないんです」
「……てっきり東京に帰ったと思ってました」
話を聞いた美紅は自分も連絡しようと思ったが、二人の話を聞いた。
淳は恨みがましく話し出した。
「母は最初、一週間だけというので行かせたんです。それなのに一ヶ月も……」
「そうだったんですか」
「あのですね?そのせいで会社は大変で。どうしてこんなにここにいたんでしょうか」
「……まあ、すいませんとしか言いようがないですね」
イライラ顔の淳に京平はけろりとした顔で返していた。
父が彼女にいて欲しいと言ったわけではない。しかし、怒っている彼のために美紅は電話をかけた。
「あ、でた!もしもし」
『美紅ちゃん?どうしたの?』
「まりやさん。今、どこにいるの」
『……ちょっとね。一人になりたくて』
電話の向こうは波音だった。寂しそうな声に美紅も悲しくなった。
その時、スマホを淳が奪った。
「まりや、どこにいるんだよ、なあ?」
『淳君?あの、美紅ちゃん家にいるの?』
「そうだよ!心配で。どこにい」
この時、スマホを京平が奪った。
「まりや。みんな心配してる。帰って来いよ」
『……そうしたいんだけど、らくせきで帰れな』
こうして電話は切れてしまった。
「母は何て?」
「落石 か?美紅。テレビのニュース!」
「はい!」
テレビをオンにすると小樽への電車がトンネル事故で不通になっている話をしていた。
「お父さん。今、まりやさんからメッセージが着た。積丹の海の家にいるらしいよ。充電器が壊れたって」
「明日迎えに行くって送れ」
「自分も行きます」
「送ったよ……って、行くんですか?」
この夜。淳はホテルへ戻ったが、翌早朝、きっちりやってきた。
京平は彼と美紅を乗せて海へと車を走らせた。
「道路は開通してるから」
「すいませんが。京平さんは母とはどういう関係なんですか?」
「どういうって、親戚だけど」
「本当にそれだけですか」
「本当だけど、なあ。美紅。俺達はただの親戚だよな?」
「う、うん」
うなづく美紅はこの淳のことも気になった。
早朝のロングドライブに淳と美紅は寝てしまった。やがて気がつくと海を右手にし、車は積丹半島にやってきていた。かもめが飛ぶ日本海。夏の空は青く澄んでいた。
「ここは」
「もうすぐ積丹だ。ここにはうちの海の家があって。まりやはそこにいるんじゃないかな」
「言っておきますけど。母は私の母ですから」
淳の挑発的な言葉に京平はサラリとペットボトルのお茶を渡した。
「まりやはまりやでしょ。君のものでも俺のものでもないし」
「あのですね!」
「あ?あそこにいるのがそうじゃない!お父さん停めて」
美紅の声に車は砂浜に停まった。車から降りた美紅は砂浜を歩く女性を確認した。
ハマナスが咲く砂浜。長い髪の麦わら帽子。白いワンピース。水面が光りよく見えなかった。
「どけ!俺が行く」
「あ、待って」
急ぐ淳を美紅は思わず制した。
「俺の母さんだぞ」
「まりやさんを、好きにさせてあげて」
「は?」
この夏。一緒に過ごした謎の女。父の仲良しの親戚だと思っていたけれど、まりやは幼い自分を可愛がってくれた人だった。母を知らぬ自分であるが、まりやは母親以上の気がしていた。
そんなまりやが大好きだという純情な父を想うと美紅は涙が出てきた。
「おい。離せ」
「……」
涙目の美紅の背後。一人が走って行った。
「……まりや!?おーい」
砂浜を駆ける父の背。美紅にはなぜか少年に見えた。
まりやを見つけた父は波をバックに彼女を抱きしめていた。
「な、何してんだよ?」
「良いんです、これで」
「ダメだよ!離せ。俺はまりやを」
「ダメだってば!」
光る水平線。青空。海に伸びるような積丹半島。テトラポットにぶつかる白波。美紅は必死で淳を抱きとめていた。砂混じりの風の中、薄目を開けると抱き合う二人が見えた。
なぜかほっとした美紅は、恐る恐る腕を緩め淳の顔を見上げた。彼は眉間にシワを寄せそっぽを向いていた。
「だから。行かせたくなかったんだ……」
淳は海を背にし呟いた。美紅はなぜかすいませんと軽く頭を下げた。
「お前が謝ってもしょうがないだろう」
「そうですけど。なんとなく」
「やめろ!俺が悪いみたいじゃないか」
こうしてまりやと京平のラブシーンを見せつけられた子供達は、二人の仲を見守る羽目になった。
「で。なんでお前がここにいるんだよ」
「だってまりやさんが行けって」
やがて高校を卒業し、大学に進学した美紅はバイトで淳の会社に来ることになった。
「しょうがないか。で、お前って何ができるの」
「それはこれから……」
「……話にならない」
「あ!魚を捌けます!それに、その」
「何?」
「淳さんの好きな料理を作れます!まりやさんから習ってきました」
煌く夏。東京の空。美紅の暑い夏はこれからだった。
Fin
「じゃ、私のお母さんは好きじゃなかったの?」
「そんな事ないさ」
男の心情がさっぱりわからない娘に父は微笑んだ。
「お前の母さんの事は好きだったから結婚したんだ」
「よくわかんないし」
「……俺はそんな感じだ。それよりお前は?」
この時点で美紅は父の話を信用していた。
本音の父に、美紅は今後のお見舞いを迷っていると打ち明けた。
父は今度は自分も行くと言ってくれた。
「わかった。これで終わりだな」
「……まりやさんは?」
「ん?」
自分のためにこの夏来てくれた彼女に何もお礼を言えなかった美紅はまりやにここで連絡をした。しかし彼女は電話に出なかった。
きっと忙しいのだろうと京平と美紅は思っていたが、翌日、家のチャイムが鳴った。
「はい?」
「こちらで母が世話になっているはずですが」
スーツ姿の凛々しい若い男性はまりやの義理の息子で、淳と名乗った。
初めて会う京平は彼を家にあげた。そんな彼にジャージ姿の美紅は麦茶を出した。
「まりやは昨日帰りましたが」
「でも連絡がつかないんです」
「……てっきり東京に帰ったと思ってました」
話を聞いた美紅は自分も連絡しようと思ったが、二人の話を聞いた。
淳は恨みがましく話し出した。
「母は最初、一週間だけというので行かせたんです。それなのに一ヶ月も……」
「そうだったんですか」
「あのですね?そのせいで会社は大変で。どうしてこんなにここにいたんでしょうか」
「……まあ、すいませんとしか言いようがないですね」
イライラ顔の淳に京平はけろりとした顔で返していた。
父が彼女にいて欲しいと言ったわけではない。しかし、怒っている彼のために美紅は電話をかけた。
「あ、でた!もしもし」
『美紅ちゃん?どうしたの?』
「まりやさん。今、どこにいるの」
『……ちょっとね。一人になりたくて』
電話の向こうは波音だった。寂しそうな声に美紅も悲しくなった。
その時、スマホを淳が奪った。
「まりや、どこにいるんだよ、なあ?」
『淳君?あの、美紅ちゃん家にいるの?』
「そうだよ!心配で。どこにい」
この時、スマホを京平が奪った。
「まりや。みんな心配してる。帰って来いよ」
『……そうしたいんだけど、らくせきで帰れな』
こうして電話は切れてしまった。
「母は何て?」
「
「はい!」
テレビをオンにすると小樽への電車がトンネル事故で不通になっている話をしていた。
「お父さん。今、まりやさんからメッセージが着た。積丹の海の家にいるらしいよ。充電器が壊れたって」
「明日迎えに行くって送れ」
「自分も行きます」
「送ったよ……って、行くんですか?」
この夜。淳はホテルへ戻ったが、翌早朝、きっちりやってきた。
京平は彼と美紅を乗せて海へと車を走らせた。
「道路は開通してるから」
「すいませんが。京平さんは母とはどういう関係なんですか?」
「どういうって、親戚だけど」
「本当にそれだけですか」
「本当だけど、なあ。美紅。俺達はただの親戚だよな?」
「う、うん」
うなづく美紅はこの淳のことも気になった。
早朝のロングドライブに淳と美紅は寝てしまった。やがて気がつくと海を右手にし、車は積丹半島にやってきていた。かもめが飛ぶ日本海。夏の空は青く澄んでいた。
「ここは」
「もうすぐ積丹だ。ここにはうちの海の家があって。まりやはそこにいるんじゃないかな」
「言っておきますけど。母は私の母ですから」
淳の挑発的な言葉に京平はサラリとペットボトルのお茶を渡した。
「まりやはまりやでしょ。君のものでも俺のものでもないし」
「あのですね!」
「あ?あそこにいるのがそうじゃない!お父さん停めて」
美紅の声に車は砂浜に停まった。車から降りた美紅は砂浜を歩く女性を確認した。
ハマナスが咲く砂浜。長い髪の麦わら帽子。白いワンピース。水面が光りよく見えなかった。
「どけ!俺が行く」
「あ、待って」
急ぐ淳を美紅は思わず制した。
「俺の母さんだぞ」
「まりやさんを、好きにさせてあげて」
「は?」
この夏。一緒に過ごした謎の女。父の仲良しの親戚だと思っていたけれど、まりやは幼い自分を可愛がってくれた人だった。母を知らぬ自分であるが、まりやは母親以上の気がしていた。
そんなまりやが大好きだという純情な父を想うと美紅は涙が出てきた。
「おい。離せ」
「……」
涙目の美紅の背後。一人が走って行った。
「……まりや!?おーい」
砂浜を駆ける父の背。美紅にはなぜか少年に見えた。
まりやを見つけた父は波をバックに彼女を抱きしめていた。
「な、何してんだよ?」
「良いんです、これで」
「ダメだよ!離せ。俺はまりやを」
「ダメだってば!」
光る水平線。青空。海に伸びるような積丹半島。テトラポットにぶつかる白波。美紅は必死で淳を抱きとめていた。砂混じりの風の中、薄目を開けると抱き合う二人が見えた。
なぜかほっとした美紅は、恐る恐る腕を緩め淳の顔を見上げた。彼は眉間にシワを寄せそっぽを向いていた。
「だから。行かせたくなかったんだ……」
淳は海を背にし呟いた。美紅はなぜかすいませんと軽く頭を下げた。
「お前が謝ってもしょうがないだろう」
「そうですけど。なんとなく」
「やめろ!俺が悪いみたいじゃないか」
こうしてまりやと京平のラブシーンを見せつけられた子供達は、二人の仲を見守る羽目になった。
「で。なんでお前がここにいるんだよ」
「だってまりやさんが行けって」
やがて高校を卒業し、大学に進学した美紅はバイトで淳の会社に来ることになった。
「しょうがないか。で、お前って何ができるの」
「それはこれから……」
「……話にならない」
「あ!魚を捌けます!それに、その」
「何?」
「淳さんの好きな料理を作れます!まりやさんから習ってきました」
煌く夏。東京の空。美紅の暑い夏はこれからだった。
Fin