-俺-

文字数 491文字

 カチャ、カチャ、ガタン。帰ってきた。廊下のライトが点くと、彼女の姿が見える。ヒールを脱ぐと、まずは着替えをするだろう。炊飯器には今朝の残りのご飯があったな。きっとそれと、買ってきた総菜……確かデパ地下の生春巻きとからあげと一緒に食べるだろう。
 俺は今日も彼女の隣の部屋から、彼女の生活をのぞき見る。部屋には監視カメラと盗聴器がいくつもついているし、そもそもスマホをハッキングしてしまえばGPS機能で所在地の特定は楽勝。電子マネーやポイントを使えば、買ったものも把握できる。
 惣菜の入ったエコバッグをテーブルに置き、予想通り着替え。ヘアバンドで前髪をあげると、洗顔。風呂は食事のあとだろう。それが彼女のルーティンだ。
 俺は何者かって? このアパートの大家の息子だ。高校卒業から引きこもって、数年。何もない、つまらない日常を変えてくれたのが彼女の存在だ。
 女性の私生活をのぞき見するなんて悪趣味かもしれない。だけど俺は、こんな方法でしか彼女に近づけないから。彼女に話しかけるチャンスは、町内会費を徴収するときだけ。だから、せめて毎日あなたの姿を見ていたい。あなたを見守っていたいんだ。
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